2011年7月に「ボブのブログ」をスタ-トさせ、1年後にア-カイブ ブログへの転用を考えました。
 過去記事を月単位で読み返し、取捨選択を行い、保存の記事を最新24ヶ月以内に納めさせます。
 新規記事も時おり加え、ア-カイブ内容の充実を、続けて行くつもりです。

徴用工問題の問題

2019年08月14日

1.父は元徴用工
明治45年生まれの父(永眠)は、丁稚奉公で苦労しながら修理技術を習得し、昭和14年に独立し
時計店を開くことが出来ました。

昭和16年に太平洋戦争が起こり、国民皆兵の義務で徴兵検査を受けますが、父は身長が低いため丙種となり、兵役には招集されませんでした。

代わりに軍需工場で働く徴用工として招集され、戦時中はある軍需工場で働かされ続けました。
敗戦が近づくと、B29の空爆に加え、艦載機グラマンが空爆に来るようになり、父が働いていた軍需工場に爆弾を落とし、さらに機銃射撃で工員たちを狙い打ちにし、父は必至に逃げ回ったそうです。

2.元徴用工に補償は無し
空襲のたびに逃げ回り、運よく命を落とさずに済みますが、苦労して持てた時計店は空爆で全焼し、
生活基盤を失ってしまい、戦時中に買わされた国債は無価値の紙切れとなってしまいました。

戦後、退役した兵には軍人恩給が出ましたが、徴用工への補償はまったく無い もので、生活基盤を失った私たち家族はどん底生活を強いられ、当時の貧しかった生活が、今でも脳裏に焼き付いて
います。

3.日韓併合と徴用工の立場
日清・日ロ戦争を経て、1910年に大日本帝国は大韓帝国を併合し、朝鮮半島を領有することに
なっています。 大韓帝国は日本の属国となっており、太平洋戦争時には大日本帝国の施策に協力せねばならず、朝鮮本土においても徴用工招集に応じなければならない立場にいたものです。

一方、日韓併合のあと、多くの朝鮮人が日本に移り住むようになり、これらの人達も日本で徴用工として働きますが、日本人の徴用工と同じで、戦後に 元徴用工としての補償は無い ものでした。

4.韓国に対する戦後補償
日韓併合は、1945年の日本敗戦により消滅しますが、韓国は戦勝国ではありません。
1965年、日本と韓国は国交樹立し、日本は植民地支配への多くの賠償を行っています。
①.日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利の放棄
②.当時の韓国予算の2.3倍にあたる無償・有償の資金提供 (10年間も)

上記は、日韓基本条約で取り決められ、その中に「1945年以前に生じたものに関して、韓国は
如何なる主張もすることが出来ない。
」と明記されており、日本は韓国にたいし全ての戦後補償を
行い済みなのです。

5.反日感情問題
韓国の歴代大統領の多くが、汚職などで晩節を汚していますが、韓国のトップに立とうとしている
政治家の多くは、正しい政策が行えず、反日感情を煽ることで国民の支持を得ようとしています。

明日(8月15日)は、日本の74回目の敗戦記念日ですが、文在寅大統領 は国際ル-ルを犯して
まで、反日感情を煽るだけの愚民政策 を続け、ホワイト国に価いしないルール破り行動を正当と
言い張り、韓国内で反日行動を次々と起こさせているものです。

元徴用工問題の問題は、正しい政治を行わず、愚民政策で民主主義を育てない隣国の存在です。

戦時中に、徴用工で働いた朝鮮人の多くは、日本に帰化し、現在も日本に住み続けています。 日本に帰化した朝鮮人は100万人とも云われ、彼らの苗字は母国の名前から 金・林・張・孫 などを使い残し、日本苗字としています。

日本に帰化した朝鮮人は、さまざまな分野で働き生き抜いて現在に至っていますが、元徴用工だった高齢者の方々も生存するはずで、彼らは文在寅大統領が提起している「太平洋戦争中の元徴用工への補償要求」に対して、歴史を踏まえて今はどの様に考えているのか?聞きたいものです。

なお、私が子供の頃住んでいた西東京市には、朝鮮人部落があったのを思い出します。
今住んでいる小平市にも、立派な朝鮮学校があり、日本全国では朝鮮学校が63校もあるそうです。
(これらの学校では、正しく日韓の歴史が教えられ、真実が離れた母国の人達に伝えられている
 のか?疑問です。)

                           


  


  • Posted by ボブ at 14:22Comments(0)雑記

    男も日傘

    2019年08月03日

    昨年は梅雨が早くあけ、その後は記録的な猛暑が続き、外出すると高齢者の私には、耐え難いものでした。

    3年前より週に1回、国立のNHK学園に行き、将棋講座に参加しています。

    国立駅からNHK学園まで徒歩で約30分かかり、古い街路樹が並ぶ学園通りは一般道と比べかなり涼しいものの、日陰がない部分もあって汗だくとなり、汗が引くまで時間が掛かりました。

    歳を取って坊主刈りとなっていますが、帽子を被らないと日光の直射は暑く帽子を被ると汗だく
    なる 二律背反 の目に遭っていたものでした。

    今年の梅雨に入って、夏季の将棋講座に通う際の猛暑対策を考えていましたら、「男性も日傘を!」のTVニュ-スが放映され、試してみるかと、早速 日傘を買いに行きました。

    買い求めた傘は、東レ サマ-シ-ルド の布地を使った物で、昨日(8月2日)NHK学園の往復時にこの日傘を差したところ、汗をほとんどかかずに済みました。

    男も日傘を!」と勧められていますが、耐力の弱い高齢者には特にお勧めで「ジジイは日傘を!
    で、他人に迷惑をかける熱中症での救急搬送を、避けねばなりません。

    なお、日傘は少し値が張りましたので、私に最近多い置忘れに注意しなければなりません。

      〈 東レ サマ-シ-ルド 使用の日傘 〉            〈 日傘にあるメーカ-?マ-ク 〉



      


  • Posted by ボブ at 11:06Comments(0)雑記

    ウナギを食べたい

    2019年07月24日

    7月27日は、 土用丑の日 です。 この日は多くの人が、夏バテに効くと信じ、養殖ウナギの
    蒲焼を食べますが、私が食べたいウナギは、今のところ入手困難です。

    1.日本ウナギの一生 *「ウナギの不思議」より
    ①.卵 … 日本から2200Km離れた、マリアナ諸島の海に産卵される。 ②.幼生 … 卵は翌日頃には孵化し、透明なレプトケファルス(幼生)になり、黒潮海流に乗り、半年以上かかって日本列島にたどり着く。 ③.シラスウナギ … 幼生は、日本の河口に近づくと変態し、15センチほどのシラス  ウナギとなる。 ④.ウナギ … シラスウナギの多くは、河口より上流へとさかのぼり、お気に入りの場所に住み着き、成魚へと成長する。 ⑤.成魚ウナギ … その時を知ると、猛烈に食べながら川を下る。胸のあたりが黄色くなる。 ⑥.航海ウナギ … 十分に体に栄養を溜め込むと、魚体は銀色となる。 次に消化器官が萎縮し、食べなくなる。深海で見えるように目は大きくなり、日本 → マリアナ諸島の海まで泳ぎ、産卵を行い、日本ウナギの命をつなぐ。

    2.ウナギの語源
    落語では、「飲み込んだ鵜が、難儀するので、ウナンギ → ウナギ。」と駄洒落ていますが、成魚の胸あたりが黄色いことから、「胸黄(ムナギ) → ウナギ。」と言われており、     この説が正しいように思えます。
    万葉集で大伴家持が、「石麻呂(いわまろ)に われ物申す 夏痩せに良しという物ぞ ムナギ 取り めせ」と詠んでおり、奈良時代にはウナギは、ムナギと言われていました。

    3.ウナギの養殖
    ウナギの場合、飼育下で卵から育てる「完全養殖」は出来ておらず、シラスウナギを捕らえ、暖かい水温と豊富な給餌で、早い成長を促す養殖がされています。 5~6ヶ月で出荷されるそうです。
    近年のウナギの価格は、まさに鰻上りの高値となっていますが、これはシラスウナギの入手困難さ
    からで、ウナギ好きの私は事態の好転を待つのみです。
    河口で、シラスウナギを根こそぎ獲ってしまう今の養殖法では、マリアナ諸島の海に卵を産みに   行ける親ウナギが激減し、次のシラスウナギが来なくなるのは、必然の結果です。

    4.卵の大量採取
    数年前のニュ-スで、「日本の研究チ-ムが、マリアナ諸島沖で、ウナギの卵の大量採取に成功。
    一度に百個を超す卵(1.6ミリ)を得られ、遺伝解析情報がより進む。」と、報じられました。

    5.ウナギを食べたい
    以前のTV番組で、利根川の漁師が胸の黄色い天然ウナギを獲り、このウナギの料理紹介があり、食べたゲストたちは、養殖ウナギとは比較にならない滋味だと、絶賛していました。

    そう、私が食べたいウナギは、夏痩せに実際に良く効き、滋味が素晴らしい「天然の胸黄ウナギ」    です。

    この夢の実現には、百個の卵の遺伝解析が進み、シラスウナギが不要となる完全養殖」が実現し、日本の川で天然ウナギがたくさん獲れるようになる事が、必要です。



      


  • Posted by ボブ at 14:03Comments(0)食べ物

    ゴ-ヤ初収穫

    2019年07月15日

    今年の関東地方の梅雨は、日照日がほとんど無く、寒い気温が続いています。

    今年も5月に、ゴ-ヤの苗を植えましたが勢いよく伸びず、ようやく黄色の花は咲き出したものの、
    日照不足から実が大きく育ってくれません。

    この悪条件のもと、最初の花からの実1個がようやく大きくなり、昨日 初採りとなりました。

    昨年は、梅雨明けが早く猛暑日が続き、緑のカ-テンは良い日除けであり、毎日のようにゴ-ヤの
    実の収穫が出来ており、ゴ-ヤ栽培を楽しめたものでした。 (2本の苗から、90個の収穫でした。)

    昨日、ようやくゴーヤの実1個を収穫出来ましたが、花後の小さな実はあるものの、次に収穫できるのは梅雨明け次第で、まだ時間が掛かりそうです。

    初収穫のゴ-ヤの実を使い、実半分は ゴ-ヤチャンプル- に調理し、残りは ゴーヤピクルス
    し、久しぶりのゴ-ヤ料理となりました。

    夕食の主菜となった ゴ-ヤチャンプル- は我ながら美味しく出来、ゴーヤピクルス は漬かるまで待たねばなりませんが、ピクルスが漬かると保存がきき、冷蔵庫の中にいつも晩酌のツマミ1品が
    ある事になり、嬉しいものです。

    早い梅雨明けと、今年もゴ-ヤの良い収穫を願う次第です。

           〈 初収穫のゴ-ヤ 30センチ 〉               〈 旨いゴーヤのピクルス 〉


      


  • Posted by ボブ at 10:34Comments(0)食べ物植物・園芸

    半夏生(ハンゲショウ)

    2019年07月10日

    約1週間前の7月2日、新聞折り込みの中にスーパ-マ-ケットの1店が 「今日は半夏生の日。
    タコを食べる日です。」 と宣伝していました。

    植物の 半夏生 は知っていましたが、 半夏生の日 が分かりませんでしたので、辞書で調べました。

    その結果、 半夏生 ①.七十二候の一つ。 夏至から11日にあたる日。 田植えの終期とされ、
                   稲の苗の根が張るようにと、タコを食べる習慣があった。
            半夏生 ②.ドクダミ科の多年草。 夏、茎頂にある葉の下半部が白色に変わり、
                   その葉腋に白色の穂状の花をつづる。 別名 … 片白草。

    ス-パ-マ-ケットの広告によって、 半夏生の日 を知った次第ですが、近所の空き地に 植物の
    半夏生
    が群生しているのを思い出し、その日に見に行きました。

    群生している 半夏生 の多くの葉の一部が白色に変わり、白色の穂状の花がたくさん咲いており、
    家人にも見せようと一枝もらってきました。

    花瓶に生けると風情があり、毎日ながめ楽しみむことが出来ました。 昨日は1週が過ぎ穂状の花が萎れてきましたので、捨てようか?と思いましたが、試しに刺し枝として庭の片隅に埋めてみました。

    今はジメジメした梅雨の真っ最中ですので、刺した枝は枯れずに根付き、来年の今頃は我が家の
    庭で 半夏生の花 を眺められるのでは?と期待しながら、昨晩はタコの刺身で晩酌となりました。
                                          
        〈 花瓶に生けた半夏生 〉                 〈 群生している野生の 半夏生 〉
         ( 1週間も持ちました。)                  ( 小平駅から徒歩5分の場所 )


      


  • Posted by ボブ at 11:11Comments(0)植物・園芸

    111歳の懐中時計

    2019年07月04日

        〈 ウオルサム懐中時計 直径55ミリ 〉              〈 美麗なムーブメント 〉











    写真の懐中時計は、アメリカで 1908年7月5日 に、両親から息子に贈られた懐中金時計 です。

    この懐中時計のケースは、無垢の14金でずっしりと重く、4ピース(胴体・中ブタ・裏ブタ・ガラス縁)が蝶番で一体となり、頑丈な構造です。

    裏ブタを開けると中ブタが現れ、この中ブタに美しい英文筆記体で、下記が刻まれています。
                  David Jones Davies
                         FROM
                   Father & Mother
                        July 5 - 1908
          ( ディヴィド ジョゥンズ ディヴィス へ 父母より 1908年 7月 5日 )

    私は、この懐中時計を20年前に骨董市で見つけ、少し値が張りましたが、中ブタの刻字に魅かれて買い取り、私の懐中時計コレクションの仲間に入れました。

    1908年のアメリカと云えば、T型フォ-ドの量産が始まった年ですが、当時の懐中時計は庶民には手が届かない高額商品で、宝石商によって扱われていたと書かれています。

    14金ケ-スに収まっているム-ブメント(機械)は、WALTHAM (ウオルサム)社製 リバ-サイド 19石 で、当時の最高グレイドです。
    ゼンマイを巻くと動き出し、111年前の時計 とは思わせない元気な動きで、正しく時間を刻みます。

    14Kのケ-ス裏ブタには、網目模様のようなギョシェ彫りが施され、下部に David のイニシャルの D のデザイン文字が入っており、息子への愛情を込めた特注品であることを示しています。

    111年前の7月5日、この懐中時計が両親から贈られ、受け取った息子の喜びと感謝、そして幸せな家族の光景がありました。

    毎年7月5日近くになると、この懐中時計を取り出し、ゼンマイを巻き動かし、 David も耳を傾けていた チクタク音 を聞きながら、この懐中時計が David の手から離れ、日本に届いた過去の時の曲折に、想いを巡らせます。









      


  • Posted by ボブ at 06:34Comments(0)時計

    映画 「長いお別れ」

    2019年06月30日

    3ヶ月ほど前、小平市が行った 認知症サポ-タ-養成講座 に出席し、私も可能性ある 認知症 について、学びました。

    受講後に、認知症の人を支援(サポ-ト)する者の目印としての オレンジリング を与えられ、私も
    認知症サポ-タ- となりました。
    すでに高齢者で、近い将来に認知症の可能性を否定出来ない私が、 認知症者サポ-タ- となって良いのか?と思いましたが、これからの心掛けで 認知症 になるのを防ぐ・遅らせることで、支援する側になれたらと、思い直しました。

    5月末に、認知症をテ-マにした映画 「長いお別れ 」 が封切りされ、興味を持って鑑賞しました。

    もと中学校校長だった70歳の老人は、既に認知症が始まっており、彼を介護する妻・二人の娘達が直面して行く辛い時間の流れが、スト-リ-となっていました。

    既に結婚し1人息子もいる長女は、夫の海外転勤に同行していますが、認知症が進む日本にいる
    父親を心配しながら慣れない海外生活の中で、様々な問題にぶつかっていきます。

    現地校に通う一人息子は、不登校となってしまいますが、映画の終りに学校に呼び出され、年配の
    男性カゥンセラ-との対話の中で、認知症の祖父が好きだったことを、話します。

    カゥンセラ-は、「認知症のことを、英語では Long Good by (長いお別れ) と云うんだよ。」と、
    教えていました。

    発症してからが長い認知症と向き合う時間は長いが、支える家族にとって大切な別れの時間となる、と解説にありました。

    疑問に思った事は、支える家族にとって大切な別れの時間とのことですが、辛い大変な時間であり、一方 認知症の本人は時間の観念などなく、支えられていることも理解出来ないのが現実では?
    でした。
                 〈 オレンジリング 直径7センチ 側面にロバ3頭の絵 〉
















      


  • Posted by ボブ at 14:17Comments(0)雑記

    夜高まつり(北陸旅行)

    2019年06月23日

    6月15日~17日、富山~石川を巡る2泊3日の旅を、してきました。

    旅行会社のパンフレットに、 となみ夜高まつり の美しい写真が載っており、 青森ねぶた祭り との
    比較で見物したく、ツア-に参加したものでした。

    15日(土) 東京駅 → (北陸新幹線) → 富山駅 → (観光バス 高岡に移動) → 国宝 瑞龍寺
        → ( 砺波 に移動) → 頼成の森 花ショウブ見物 → (移動) → となみ夜高まつり 見物
           ( 金沢 に移動)                                ホテル日航金沢 泊   
                                       
    16日(日) ホテル → (観光バス) → 成巽閣 見物兼六園 見物 → ひがし茶屋街 散策
         → 料亭 金城樓 (昼食) → 能登食祭市場 → (和倉温泉 に移動)       多田屋 泊 

    17日(月) 多田屋 → (観光バス) → 柳田植物公園合鹿庵 あえのこと神事見学・昼食
          → (移動) → 金沢駅 → (北陸新幹線) → 東京 

    今回のツア-参加の主な目的は、砺波地方で昔から行われてきた 夜高祭り の見物でした。

    砺波地方の16町内が、それぞれ半年も掛けて製作した大型行燈山車(高さ6m・長さ9m)を、
    14日に出来栄えコンク-ルを行い、15日は行燈山車をぶつけ合い勝負を競う豪快なお祭りでした。

    丁度 2頭の闘牛が戦う様子で、2町内の人がそれぞれの行燈山車を長い綱で引きヨイヤサ-、
    ヨイヤサ-
    の掛け声を出し、そのボルテ-ジが上がってゆくと合図が出され、両側から2台が
    相手に向かい走りだし、相手側の行燈山車に全力でぶつけました。

    大きな ガッシ-ン の音響がして行燈山車は止まり、衝突後の台車前方の位置で勝敗が決まり
    ますが、負けを判定された側は納得せず、再度ぶつかり合いを望むもので、計3回もガチンコの
    勝負が行われました。 一組で3回のぶつかり合いが終わると、どの組も行燈山車の一部は壊れており、凄まじさが示されていました。

    美しい16台の行燈山車が、祭りの最後に闘牛のように豪快にぶつかり合う となみ夜高まつり は、
    青森ねぶた祭り には見られない迫力あるお祭りで、見物を堪能して来ました。

          〈 会長賞の行燈山車 〉                〈 高さ 6m 長さ 9m の行燈山車 〉











           〈 ぶつけ合いを待つ山車 〉             〈 4~50人で引かれる山車 〉







      


  • Posted by ボブ at 14:57Comments(0)外出

    時計の価値

    2019年06月10日

    6月10日は 時の記念日 で、かっては時計に関連した番組が放映されていましたが、今の時代は 時の記念日 を話題にした報道は、無くなっています。

    一方、新聞・雑誌などの広告媒体には、時計好きと云われる日本人向けに、高額な腕時計の宣伝が常に大きく載っています。
    高額時計の多くには、時刻を知る以外の機能が付いた複雑時計 や、ムーブメント(機械)の中身を
    見せる スケルトン時計 などもあります。

    ある広告には、「身に着けている腕時計で、その人物のステ-タスや感性が表せられる。」 「高級
    腕時計を買わない人生なんて、もったいない。」 などと、謳われています。

    そのせいか、現役のサラリ-マンの中には、高額と思える大きな腕時計を他人に見えるように腕に
    している人達が、見受けられます。(それらの光景を見て、情けないと思います。 ) 。

    かなり前 従弟が現役だった時に、見慣れぬ複雑そうな時計を、腕にはめているのを見付けました。
    私が「腕から外して、見せて欲しい。」と頼んだところ、「普通の腕時計をしていると、部下に馬鹿に
    されるので、高級時計に見えるこの腕時計をはめているんです。」 「もと時計修理のプロの貴方に
    見せれば、すぐに偽物とばれてしまいます。」と白状しました。

    その時、身に着けている腕時計で、その人の価値が判断されてしまう時代?と、驚いたものでした。

    腕時計は、身に着けて時刻を何時でも知るための機械であり、その目的であれば千円台で買えるクォ-ツ時計で十分に間に合います。

    いま使っている三代目の CASIO クォ-ツ腕時計 は、腕に軽く 時間が見易く、1年に1回ボタン
    電池を交換すれば済み(自分で出来る。)など、とても気に入っています。
    まさに Simple is best. Value for money. なのです。

                       〈 愛用のクォ-ツ腕時計 1,080円 〉





      


  • Posted by ボブ at 10:51Comments(0)時計

    亀戸探訪

    2019年05月21日

    先週の水曜日(5月15日)に 亀戸香取神社 に出掛け、4月26日の将棋大会優勝のお礼参りを
    してきました。
    この神社はスポ-ツの神社として知られ、スポ-ツで勝つ・病気に勝つ・自分に勝つ の目的で
    参拝・祈願されますが、池江璃花子さんの病気平癒を祈念した額が、掛けられていました。

    お参りの後、前回訪れた時に入手した 亀戸かいわい ぶらりマップ を頼りに 亀戸天神社 を訪れ
    参拝し、ご朱印も頂きました。

    この神社には程よい大きさの池があり、池を渡る赤い太鼓橋は美しく、多くの観光客がこの橋を入れ神社の写真を撮っていました。
    池のそばの大きな藤棚は、花の時期は終わり、青々と葉を茂らせていました。

    JR亀戸駅に戻る途中で、蔵前橋通りと明治通りの交差点角にある 但元いり豆店 に入り、前回に
    買わなかった豆類を土産に求めました。

    次に 青山餃子房 で遅い昼食としましたが、麻婆麺+餃子3個+半チャ-ハン+ザーサイ セット を頼むと、もの凄いボリュ-ムで出てきました。

    セット800円の値段から、大した量ではないと思い注文したのですが、全て食べきれずに残すようになると思い食べ始めると、どの料理も美味しく残さず食べ切りました。

    自家製の餃子は、今まで食べた餃子の中で一番と云えるほど美味しく、次回も又この店で食べようと思いました。

    次回は、亀戸七福神 の寺社巡りを行い、昼は餃子+ビールを楽しみ、夕方近くなりましたら 地元
    亀戸に愛される人情酒場
    亀戸横丁 を、探訪しようと考えています。

             〈 亀戸香取神社 〉               〈 池江璃花子さんの病気平癒祈願 〉











              〈 亀戸天神社 〉                   〈 老舗の但元いり豆店 〉





      


  • Posted by ボブ at 14:32Comments(0)外出

    燻製器作り

    2019年05月05日

    以前の記事 牡蠣の燻製作り 公開の後、私の簡易燻製器 について問合せがありました。
    たいした物では有りませんが、興味ある方々へのご参考として、私の 簡易燻製器作り を、紹介
    致します。

    作るにあたり、①.火災・火傷など起こさない安全な物であること。 ②.取り扱いが簡単であること。
    ③.費用が掛からないこと。 などを、頭におきました。

    1.本体  使わなくなった パスタ茹で鍋 の下部に 空気取り入れ穴 3個をあけました。










      ・鍋の直径・深さとも 26センチ                        ・空気取り入れ穴 3個

    2.スモ-ク木材燃焼の受け皿(3.の置台)          3.燃焼カゴにスモ-ク木材盛り入れ










      ・直径16センチ 百均で108円                    ・ゴミ受けネット 直径13センチ 108円
                                      
    3.スモ-ク材に点火 バ-ナ-使用                4.食材品 置きカゴ










    ・2.3.をセットし、本体に入れ点火                  ・園芸用土フルイ 直径20センチ
                                             高さ7.5センチ 2段重ねが可

    5.スモ-ク開始 ①.燻製する食材を、 の置きカゴに乗せる。 
    ②. の燃えているスモ-ク材の状態で、本体にフタを被せ火を消すと、煙が大発生する。
    ③.食材が乗った置きカゴを に被せ、本体のフタをずらせて被せ、スモ-キングをスタ-ト。
                        (底部3穴から、フタ上部に空気煙の流れ作り)
    ④.牡蠣の場合、10分で裏返しを行い、更に10分スモ-キングして出来上がった。

    熱燻 本体をカセットコンロに乗せ点火し、外底部も加熱を行う 熱燻法 で行っています。 

    *スモ-ク材 伐採された桜の枝を拾ってきて、皮をむき乾燥させた後、2センチほどのピ-スに 
            切って、使っていますのでお金がかかりません。

    *この簡易燻製器一式は、小さなダンボ-ル箱1個に収まり、手軽に使えています。

    ◎.牡蠣を食べる季節が終り、今月からタマゴ・ウズラタマゴ・竹輪などを燻製にし、どれも美味しい
      燻製は、良い酒の肴になっています。
      


  • Posted by ボブ at 10:57Comments(0)食べ物

    ご利益あらたか

    2019年04月27日

    惚け防止の目的で、3年前の4月にNHK学園オ-プンスク-ルの将棋講座を、受け始めました。
    クラスのメンバ-の多くは長年続けている上段者で、仮の2級でスタ-トした私はハンディを付けて
    もらっても、当初は勝てずにいました。

    初心者が勝てないのは当たり前と考え、受講を続けていましたら、少しづつ勝てるようになり、昨年は運もあって二段に認定されました。
    二段になると、上位者から貰えるハンディは少なくなり、下位者にはハンディを与えるようになりましたので、再び勝てなくなってしまいました。

    この講座では、将棋大会が年に3回あり、クラス分けの各グル-プ毎で優勝・準優勝が競われます。
    今年の新春将棋大会では、実力が低い二段の私は最下位となり、惨めな思いをさせられました。

    今月3日に亀戸の香取神社の植木市に出掛け、この神社はスポ-ツ・勝負への勝ちを願えば叶うと知って、参拝の後に 勝守(かちまもり) を授けてもらいました。

    昨日は春季将棋大会で、実力の低い私は、4月3日に授かった 勝守 を身に着けて、大会に臨み
    ました。

    結果は 全勝での優勝 となり、賞品を貰って意気揚々と家路につきました。 

    対局者は平均在籍年数が12年の猛者(四・三・二段)揃いで、私が実力で勝てるはずはなく、まさに 勝守 の ご利益あらたか のお蔭でした。

    近々に亀戸に行き、香取神社にお礼詣りをし、亀戸探訪も楽しんでみようと思っています。

        〈 将棋大会に身につけたお守り 〉             〈 勝守(かちまもり)のポスタ- 〉











                     〈 頂いた賞品(中身は 三笠山ドラ焼き) 〉













      


  • Posted by ボブ at 14:39Comments(0)雑記

    牡蠣の燻製作り

    2019年04月20日

    牡蠣が好きな私は、牡蠣料理の紹介記事を見つけるたびに、切り取ってファイルしています。
    カキフライはいつも自分で作り、揚げたての美味しさに満足していましたが、紹介されたカキ料理も
    試しに作ってみると、カキの美味しさの幅が広がっていきます。

    紹介記事の中で、出来ずにいたのが カキの燻製 で、スモ-クサ-モンやイブリガッコが大好きな
    私は、まず燻製の作り方を調べました。

    その結果、手軽に出来る「家ナカ燻製」の記事を参考に、使われなくなった パスタ茹で鍋カセットコンロ を利用して、簡単なスモ-カ-を作りました。
    スモ-ク材は、拾った桜の枝を十分に枯らし、2センチほどの長さに切った物を、使うことにしました。

    全てが揃って燻製の試作を行い、4回の試作の度に改善点を考え改良した結果、今では本物に近い カキの燻製 が出来るようになりました。

    出来上がった カキの燻製 は、桜の木から出た煙の香りが染み込み、カキの身は水分が飛び歯応えが良く、濃縮された旨みは今まで食べたカキ料理の旨みとは別格のもので、大満足でした。

    英語で R が付く月がカキを安全に食べられると云われていますので、カキの燻製作り は4月一杯となりそうです。
    今月の残りは、あと10日ほどですので、9月までの分を作り溜めしようと、かんがえています。

          〈 完成したカキの燻製 〉              〈 塩茹でし塩コショウした燻製前カキ 〉











         〈 利用した不要の鍋とコンロ 〉               〈 完成した簡易スモ-カ- 〉




      


  • Posted by ボブ at 07:25Comments(0)食べ物

    亀戸 香取神社

    2019年04月11日

    先週4月3日、亀戸にある 香取神社 植木市 (4月3日~5日)に、出掛けました。

    旅行会社から送られて来る小冊子に、この植木市の紹介記事が載っていたのを、切り抜いておいたもので、記事の中には 香取神社 が戦の神を祀り 歴史に由来する 勝守(かちまもり) を授けて
    くれるとも書かれており、植木市と神社参拝を楽しみに出掛けました。

    亀戸へは、小平 →(西武新宿線) → 高田馬場 → (JR山手線) → 新宿 → (JR総武線) → 亀戸 と2回乗り換えでしたが、新宿の乗り換えは同じホ-ムで出来て、1時間で着くことが出来ました。

    亀戸駅北口から歩いて10分で香取神社に着きますと、参道入口の桜木は花が見頃となっており、
    参道には植木市に参加の露店が7~8店並んでいました。 頭上の桜の花と、露店に並んでいた
    花木・草花の鮮やかな花類とは、美しさが対象的で、神社参拝前の眼福となりました。


    お参りを済ませ、 勝守(かちまもり) を授かった後は、植木市をひやかして、土産に ミヤコワスレ を一鉢求めました。

    香取神社 は1350年余りの歴史を誇っており、現在はスポ-ツ振興の神として試合の勝利を願う
    参拝者が多くく訪れるそうです。 
    神社までの道筋には、昔からの店が見られ、飲べ物関連では魅かれる店が幾つか有りましたので、再び訪れてみるつもりです。

         〈 地植えにしたミヤコワスレ 〉               〈 授かった勝守 のポスタ- 〉











            〈 亀戸 香取神社 〉                 〈 舞殿に飾られた多くの本物甲冑 〉











    〈 創業明治38年 升本 入口 〉                     〈 亀戸大根 と アサリ 鍋 〉











      


  • Posted by ボブ at 11:05Comments(0)外出植物・園芸

    伊勢神宮での祈り

    2019年04月03日

    先週(3月26日~28日)、伊勢志摩を巡る2泊3日の旅をしてきました。
    旅行会社が企画の、花見の季節に楽なスケジュ-ルの旅で、特に3日目の 猿田彦神社 の正式
    参拝 + 伊勢神宮・内宮参拝
    を行いたく、参加したものでした。

    26日(火) 東京駅 → (東海道新幹線) → 豊橋駅 → (ホテル送迎バス移動) → 菜の花まつり
           → 伊良湖岬 → 伊良湖岬灯台・恋路が浜   
                                        伊良湖シ-パ-ク&スパ ホテル 泊

    27日(水) 伊良湖港 → (伊勢湾フェリ-) → 鳥羽港 → (観光バス移動) → 神明神社 →     
            賢島港 → 英虞湾クル-ジング登茂山展望台 → 伊勢
                                   伊勢かくればリゾ-ト 千の森 斎王の宮 泊

    28日(木) ホテル → (観光バス移動) → 真珠センタ-猿田彦神社伊勢神宮・内宮
           荒祭宮おはらい横丁・おかげ横丁 → 多気駅 → (JR東海 南紀号) →
           名古屋駅 → (東海道新幹線) → 東京

    3日目は、今回の旅の目的の 猿田彦神社 と 伊勢神宮 の参拝で、どちらも気持ち良く行うことが
    出来ました。

    神話で、天の神 ニニギノミコトが地上に降りる際(天孫降臨)に、猿田彦大神が案内をした事から、
    猿田彦神社は人々を良き方に導く力があると云われています。
    初めて訪れた神社でしたが、社殿に上がり、神主のお祓いを受け参拝を済ませますと、清々しい
    気持ちになれました。

    伊勢神宮は、今までに何度も参拝していましたが、同行したガイドさんは 「伊勢神宮・内宮では、
    個人的な願い事をするのでなく、国家安寧や世界平和など、国や世界に対しての願いをするもの
    です。」
    さらに「個人的なお願いは、戻る途中の脇道にある 荒祭宮(あらまつりのみや) で行うものです。」と、教えてくれました。

    従いまして、伊勢神宮・内宮では、大災害の多かった平成から替わる新しい元号の時代は、「災害が少なく、平和な時代になりますように。」と祈りました。

    荒祭宮では、「家内安全、惚けませんように。」 と、お願いしました。

          〈 伊良湖 菜の花祭りにて 〉                 〈 伊勢神宮内の桜花 〉









                     

              〈 猿田彦神社 〉                     〈 伊勢神宮・内宮 〉











            〈 荒祭宮の案内板 〉                  〈 荒祭宮参拝者の行列 〉










      


  • Posted by ボブ at 10:26Comments(0)外出

    ハズキル-ペを使う

    2019年03月21日

    一昨日(3月19日)、氷川国際マス釣り場に行き、今年初めてのニジマス釣りをしてきました。

    昨年は、このマス釣り場に4回通い、平均で25匹釣っており、釣果的には満足していました。

    しかし、毎回の釣果の陰には、釣ったマスの多くに針を呑み込まれ、外すのに難儀し外れない場合はハリスを切って、新しい針に交換するなど、厄介な作業が伴っていました。

    この厄介な作業は、竿を置いて座り込み行いますが、普段のメガネを外して川原に置き、老眼鏡を
    掛けてからとなりました。

    厄介な作業に時間を取られるのは、釣り時間をロスすることですので、気持ち的に焦りながら行っており、作業を終え直ぐに立ち上がり老眼鏡のまま釣りを再開してしまうことが、度々でした。

    最悪だったのは、針の交換を終え老眼鏡のまま立ち上がり、川原に置いた普段のメガネを踏んで
    壊してしまい、釣りを終えた日でした。

    今年のマス釣りにあたり、TVで宣伝されている ハズキル-ペ を購入し、呑み込まれた針の処理
    作業を、楽にしようと考えました。
     
    一昨日、実際に使ってみると、普段のメガネの上にハズキル-ペを被せるだけと簡単で、しかも倍率は高く良く見えますので、厄介な作業の効率はずっと良くなりました。

    一昨日の釣果は、良型ニジマス30匹 で、ハズキル-ペに投資した甲斐があったと思っています。

    昨年は電気圧力鍋を購入し、ニジマスの甘露煮作りが簡単に出来るようになりましたので、たくさん
    釣れても、釣れ過ぎで困ることは無くなっています。

          〈 投資したハズキル-ペ 〉               〈 甘露煮作りへ 日干しマス25匹 〉
















      


  • Posted by ボブ at 14:44Comments(0)釣り・自然遊び

    緑のパレ-ド

    2019年03月13日

    3月17日は、アイルランドにキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日で、アイルランド共和国の
    祝祭日です。 セント・パトリックス・デ-と呼ばれ、この日を祝って世界各地で盛大なパレ-ドが
    行われ、参加者が緑色(シャムロック等)を身に付け行進するため、緑のパレ-ドと云われています。

    1995年より3年間オハイオ州ダブリン市に住んだ私は、現地で緑のパレ-ド に出合っています。
    その時は何のパレ-ドか知らずにいましたが、そのしばらく後にガレ-ジセ-ルで買った1組のカップ&ソ-サ-を調べる中で、アイルランド人の辛い歴史緑のパレ-ドの関係を、知りました。

    17世紀初めにイギリスがアイルランドを植民地化し、19世紀にはイギリスに従属化される辛い時代の中、ジャガイモ飢饉から百万人もの飢餓・病死者を出し、200万人以上のアイルランド人が他国に移民したと、書かれていました。

    アメリカに渡ったアイルランド人の一部が、オハイオ州に辿り着き、故国のダブリンの名を冠した村を作り住みついており、私が出合った緑のパレ-ドは聖パトリックへの崇拝と、現在の繁栄への感謝を表わし、故国を偲んで行っていたものと思います。

    買ったカップ&ソ-サ-には、Arklow Fine Irish Bone China と印字があり、これはアイルランドのArklow 社製造 良質ボ-ンチャイナ(磁器)であることを、示しています。
    カップの肌は、ボ-ンチャイナ特有の乳白色で、絵柄は三つ葉のクロ-バ-と変わった紋章があり、金線の縁取りは高級感を出しています。
    三つ葉のクロ-バ-はアイルランドの国花(植物)・この緑色が国の色で、紋章のようなデザインはtara brooch と呼ばれるケルト族の燭台(国宝)の絵柄と、知りました。

    このカップ&ソ-サ-は落着いた美しさがあり、部屋の飾り棚に置いてますが、手に取り見る度に、ダブリンに住んだ時間と、見物した緑のパレ-ド を思い出させてくれます。

    今年も3月に入って日本各地で緑のパレ-ドが行われており、東京は3月17日(日)午後1時より、原宿 表参道で 緑のパレ-ド が行われます。

    緑のパレ-ド情報 - -  http://inj.or.jp/events

           〈 カップ&ソ-サ- 〉               〈 シャムロック と tara brooch の絵柄 〉

      


  • Posted by ボブ at 09:36Comments(0)思い出・品

    新・北斎展

    2019年03月07日

    昨日(3月6日)、六本木ヒルズ森タワ-52階で開催中の 新・北斎展 を、観賞してきました。

    1月17日~3月24日の開催期間では、1~2月は大変 混むはずと考え、ようやく出掛けることにし、昼少し前に森タワ-に着きました。

    入場入口に着くと長蛇の列で、係員の 80分待ち とのアナウンスを聞き、並んでしまうと昼食抜きになってしまいますので、5階のレストラン街で昼食を取ってゆっくり時間を過ごして戻り、入場券を購入する列に並びました。

    昼少し前より、並んでいる人達の列は短くなった気がしましたが、①.入場券購入までの待ち行列 ②.3階でエレベ-タ-に乗るまでの行列 ③.52階に着いてから 新・北斎展 に入場するまでの
    行列 を辛抱強く待ちますと、合計で 80分 以上掛かっていました。

    会場に入ると、大勢の人々が沢山の展示品を、魅せられたように鑑賞していました。

    今回の展覧会は、葛飾北斎の研究者・永田生慈氏の生涯ささげた情熱 集大成と、紹介されていま
    したが、永田氏の長年の研究・発掘により発見された北斎の傑作の数々も紹介されており、見応えのある展覧会でした。

    今回展示された作品の多くを、東京で見る最後の機会と紹介されていますが、高齢が進む私に
    とっても、80分も立ち並ぶような展覧会に行けるのは、今回が最後と思いました。

    なお、480件を上回る展示の中で、一番印象に残った作品は 87歳で描き上げた 弘法大師修法図 でした。

      〈 ポスタ-に使われた上記図の悪鬼 〉            〈 森タワ-52階からの下界 〉





      


  • Posted by ボブ at 11:39Comments(0)外出

    パワ-スポットでお祈り

    2019年02月26日

    先週の2月18日~19日に、関東有数のパワ-スポットと云われる 東国三社の参詣 を目的に
    小さな旅をしてました。

    東国三社とは、茨城県南部と千葉県にまたがって在る「鹿島神宮」「香取神宮」「息栖神社」です。

    江戸時代の半ば以降、庶民の間でお伊勢参りが大流行し、伊勢から帰った参拝者には、旅の無事を感謝するため、この三社を巡拝する「下参宮」と呼ばれる風習 が広がったと、東国三社の案内に載っていました。

    鹿島神宮」「香取神宮」は、伊勢神宮に続く格式を誇った利根川の古社で、両神宮とも軍神として
    古くから尊崇されているそうで、戦いの神にお祈りをしたいと思い、今回の旅となっています。

    18日(月) 東京駅 → (JR 高速バス 鹿島神宮駅行き) → 鹿島神宮下車 → 鹿島神宮参拝
           (徒歩20分) → 鹿島神宮駅 → (JR 鹿島線) → 香取駅下車 → (徒歩30分) →
           香取神宮参拝 → (徒歩30分) → 香取駅 → (JR 成田線) → 佐原駅
                                                 ビジネスホテル朋泉 泊
    19日(火) 8 時 ホテルチェックアウト → 佐原旧市街の散策 → 佐原駅 → (JR 成田線) →
          小見川駅 → (徒歩60分) → 息栖神社参拝 → (徒歩40分) → 鹿島グランドホテル →
          (京成高速バス 東京駅日本橋口行き) → 東京
        *小見川駅より息栖神社に向かい歩くと、途中で 利根川常陸利根川 の橋を渡れました。

    16年4月より、惚け防止のためNHK オ-プンスク-ルの将棋講座を受け始めており、昨年は運よく二段に昇段することができました。

    昨年12月に、講座仲間と忘年会を行いましたが、仲間が「来年は、三段に昇段!」と書いた誓紙を用意しており、私は酔った勢いで同意の署名をしてしまいました。 
        (昇段出来ない場合は、ペナルティがあるそうです。)

    本来は二段の実力もない私ですので、真面目に考えると とても無理な事であり、東国三社の
    参拝では 「神様のお力添えで、三段になれますように!」 と、お祈りしたものでした。  
        (困った時の、神頼みでした。)

           〈 鹿島神宮 本殿 〉                      〈 鹿島神宮 奥宮 〉











          〈 荘厳建築の香取神宮 〉                   〈 息栖神社 〉






      


  • Posted by ボブ at 10:20Comments(0)外出

    千の技術博

    2019年02月21日

    2月13日(水)に、国立科学博物館で開催中の「日本を変えた 千の技術博」を、見学してきました。

    明治150年記念で企画されたもので、鎖国が終り明治となった日本は西洋の文明を取り入れ始め、やがて勤勉な日本人が歴史に残る多くの技術の発明を残した足跡を、見聞することが出来ました。

    展示品の中で、一番大きいと思われる コマツブルド-ザ-G40 は戦時中に開発され、フィリピンで飛行場整備で活躍し、終戦で米軍に没収され海に投棄されたものの、船舶の航行の妨げになる
    として引き揚げられたそうです。
    整備するとまだ動いたことから、オーストラリアの農場に買い取られ農作業に使われましたが、この情報を得たコマツが買い取り保管していたもので、日本の機械遺産に登録されているそうです。

    海中に沈められていた大型ブルド-ザ-が、動き出したのは素晴らしいことですが、日本で製造 → フィリピン → オーストラリア → 日本 に帰還した数奇な旅に感動させられました。

    テ-マ別の展示品を懐かしく見物出来ましたが、新しい技術の導入/発明 により、新しい職業/
    製品が生まれた一方で、それらの出現で消えた職業/製品があった事などが、思い出されました。

    私自身も本来の職業は時計修理でしたが、クォ-ツ時計が現われ、時計修理では生計が立たなく
    なり、30歳で転職をしていました。

    今の若者たちの中で、「何をやりたいか、見つからない。」とか言い、引きこもっている人達がいると
    聞きますが、そう云う人達は「日本を変えた 千の技術博」を見学し、時間が進むと世の中は次々と
    変わって行くことを学ばれたら、とも思いました。

        〈 千の技術博は、3月3日まで 〉             〈 時計修理を奪ったクォ-ツ時計 〉









      


  • Posted by ボブ at 15:02Comments(0)外出