2011年7月に「ボブのブログ」をスタ-トさせ、1年後にア-カイブ ブログへの転用を考えました。
 過去記事を月単位で読み返し、取捨選択を行い、保存の記事を最新24ヶ月以内に納めさせます。
 新規記事も時おり加え、ア-カイブ内容の充実を、続けて行くつもりです。

早い目標 到達

2020年03月30日

10年少し前に、終の棲家 をどうするか?考え、家の立替え を決意しました。

それまでの家の不具合を洗い出し、今後 高齢が進む中で必要となる居住性( 介護の受け易さ)/
快適な住環境を得られる仕様などを勉強し、建築注文仕様を決め 立て替えをGO と しました。

完成引き渡し予定は2011年3月末でしたが、3月11日に東日本大地震が起き、断熱材・付帯設備
などの供給不足が起き、新居への引っ越しは1ヶ月遅れとなってしまいました。

3月11日までに屋根は出来上がっており、エコ住宅を目指して発注した太陽光発電設備に納入遅れはなく、家の引き渡し前の3月25日から 太陽光発電 が始まりました。

一方、原発事故での計画停電がスタ-トしており、未経験の計画停電から、僅かながらも自家発電を行えるようになって良かったと思ったものでした。

注文の建築仕様では、太陽光発電に最適な屋根の角度を取り入れ、小さな家の屋根に3.6Kw のパネルを乗せました。

自家発電がスタ-トしてから、10年目までに 4万KW 到達出来れば上出来と期待していましたが、
先々週の3月20日に累計4万KWの発電となり、1年も早い目標到達を、嬉しく思っています。

1年後に10年が過ぎ、政府による「家庭の太陽光発電 高額買い取り制度」が終了します。 今から自家発電の電力をどう対処すべきか?情報集めがテーマとなってきました。

    〈 4万KW到達へのお祝い花火 〉             〈 モニタ-に出るソーラ-タウン 〉




  


  • Posted by ボブ at 10:23Comments(0)雑記

    明るいニュ-ス

    2020年03月20日

    連日、新型コロナ肺炎に関連した暗いニュ-スが続いていますが、3月17日の新聞に 「池江選手、プ-ル に」 のニュ-スが載りました。

    東京オリンピックで金メダルが期待されていた 池江璃花子選手 は、昨年二月に難病の白血病と
    診断され、それ以来 壮絶な闘病生活を送っていたものですが、昨年12月に退院でき、リハビリを
    進めていたものでした。

    ニュ-スの写真は、プールに入り明るい笑顔でピ-スサインの池江選手が写っており、久しぶりに
    明るい気持ちにさせられる報道でした。

    難病を克服出来たのは、彼女の闘病での頑張り・最新の進歩した医療技術・多くの方々のサポ-ト等々があってのものですが、それらの中に亀戸香取神社の 池江璃花子選手病気平癒祈願
    有ったのも思い出しました。

    私は昨年4月と5月に、1350年余りの歴史を持ちスポ-ツ振興の神を祀る 亀戸香取神社 をお詣りしましたが、神社が 池江選手の病気平癒を祈願した額を、拝殿に掛けているのを目にしました。

    神社の参拝の後、私は 勝守り を授かっていますが、境内に 「スポ-ツで勝つ・病気に勝つ・自分に勝つ」 のポスタ-を見ており、今回の明るいニュ-スは神社の病気平癒祈願の祈りが、通じたものと
    確信しました。

      〈 池江璃花子さんへの病気平癒祈願 〉            〈 授かった勝守りのポスタ- 〉







     









      


  • Posted by ボブ at 11:13Comments(0)雑記

    緑のパレ-ド

    2020年03月12日

    3月17日は、アイルランドにキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日で、アイルランド共和国の
    祝祭日です。 セント・パトリックス・デ-と呼ばれ、この日を祝って世界各地で盛大なパレ-ドが
    行われ、参加者が緑色(シャムロック等)を身に付け行進するため、緑のパレ-ドと云われています。

    1995年より3年間オハイオ州ダブリン市に住んだ私は、現地で緑のパレ-ド に出合っています。
    その時は何のパレ-ドか知らずにいましたが、そのしばらく後にガレ-ジセ-ルで買った1組のカップ&ソ-サ-を調べる中で、アイルランド人の辛い歴史緑のパレ-ドの関係を、知りました。

    17世紀初めにイギリスがアイルランドを植民地化し、19世紀にはイギリスに従属化される辛い時代の中、ジャガイモ飢饉から百万人もの飢餓・病死者を出し、200万人以上のアイルランド人が他国に移民したと、書かれていました。

    アメリカに渡ったアイルランド人の一部が、オハイオ州に辿り着き、故国のダブリンの名を冠した村を作り住みついており、私が出合った緑のパレ-ドは聖パトリックへの崇拝と、現在の繁栄への感謝を表わし、故国を偲んで行っていたものと思います。

    買ったカップ&ソ-サ-には、Arklow Fine Irish Bone China と印字があり、これはアイルランドのArklow 社製造 良質ボ-ンチャイナ(磁器)であることを、示しています。
    カップの肌は、ボ-ンチャイナ特有の乳白色で、絵柄は三つ葉のクロ-バ-と変わった紋章があり、金線の縁取りは高級感を出しています。
    三つ葉のクロ-バ-はアイルランドの国花(植物)・この緑色が国の色で、紋章のようなデザインはtara brooch と呼ばれるケルト族の燭台(国宝)の絵柄と、知りました。

    このカップ&ソ-サ-は落着いた美しさがあり、部屋の飾り棚に置いてますが、手に取り見る度に、ダブリンに住んだ時間と、見物した緑のパレ-ド を思い出させてくれます。

    今年も日本各地で緑のパレ-ドが予定されていましたが、新型コロナ肺炎感染防止のため、残念
    なことに中止
    となってしまいました。

    緑のパレ-ド情報 - -  http://inj.or.jp/events

           〈 カップ&ソ-サ- 〉               〈 シャムロック と tara brooch の絵柄 〉

      


  • Posted by ボブ at 09:27Comments(0)思い出・品

    ピ-スボ-ト船上の難民

    2020年03月07日

    ア-カイブ記事            公開 : 2015年2月19日

    大型旅客船は海に浮かぶホテルとも云われており、ホテルの居心地と共に船での旅を楽しめたらと、昨年7月出航の ピースボ-ト(オ-シャンドリ-ム号) 105日 地球一周の船旅 に参加した。

    出航して驚いたのは船内の騒々しさだったが、1週間も過ぎれば落着くものと思っていた。 
    しかし、時間が過ぎるほどに、船内の人々の騒々しさ・落着きの無さは、増すばかりとなって行った。

    原因の一つは、フレンドリ-タイプと呼ばれる4人部屋で起きる人間関係のトラブル等から、船室に
    寝る時だけしか戻らない 船上の難民 が大勢いた事だった。

    7畳弱の船室に二段ベッドが二つ置かれたフレンドリ-タイプと呼ばれる4人部屋 に申し込むと、
    船側はだいたい同じ年齢の4人を選び、一組の同室者とさせていた。

    見ず知らずの四人が、7畳弱のスペ-スに105日の居住を共にするものだが、4人の中には個性の強い人・我が儘な人・偉ぶりたい人などが必ず居て、乗船後1週間も経つと四人部屋の人達の間に摩擦が出始めるものだった。

    また 三人寄れば、閥が出来る の例えの通り、二人(三人)が組み、気の合わない者に嫌がらせ・
    イジメを行う等を、始めるようになったそうだ。

    英会話のクラスで一緒の4人は、それぞれ4人部屋で乗船していたが、4人とも同室者との摩擦に
    悩み、クラスで会うと常に愚痴をこぼしていた。 やがて70歳を超えた女性は、同室者2人が組み
    嫌がらせ・イジメを行うのに耐えきれなくなり大喧嘩の末、新たに大金を払い二人部屋に移っており、船旅での厭な思い出を作ってしまった。

    狭苦しい4人部屋は寝るだけの場所 だが、4人の一日の行動パタ-ンは異なっており、早寝の人・
    夜中に戻って寝る人など様々で、ベッドに入ると他人のイビキ・セキ・頻繁なトイレ起きなどがあって、アイマスク・耳栓でも安眠は得られないものだった。

    安眠を得られない人達は、昼間の時間に公共スペ-スの椅子・ソファで寝ている人や、ホ-ルで講師による講座が始まると、寝場所を得たとばかり寝込む人が多く、あちこちからイビキが起きていた。

    同室者の嫌がらせを受けている人達は、私物をリュックに入れ常に背負って船内を移動するバック
    パッカ-
    となっていた。 夏の期間の船旅は気温が高く、その暑さの中リュックを背負っての一日は、船旅に期待したイメ-ジから考えられないものだったと思う。

    105日の船旅で、各国への寄港日数は31日であり、残りの74日は騒々しく落ち着かない船上で
    過ごさなければならなかったもので、船上の難民 となった乗船者の満足度は、如何ばかりだったの
    だろうか?

    他人との同室を我慢できない私は、高いお金を払い一人船室を選んだが、静かな船旅が楽しめない四人部屋船室を設ける船会社の旅には、もう絶対参加しないと、決めたものだった。

    旅の後半には、船上の騒々しさを避け船室に留まり、ト-マスマンの 「魔の山」 を繰り返し読んで
    いたものだった。

      〈 35°を超える甲板上のバックパッカ- 〉         〈 講座では、約4分の1が寝ていた。 〉











         〈 二段ベッドが二つの4人部屋 〉           〈 ベッドも私物の置き場所に 〉







      


  • ひな人形

    2020年03月01日

    ア-カイブ記事            公開 : 2012年3月2日

    毎年、ひな祭りが近づくと、下の写真のひな人形を出して、飾ります。



    この人形は20センチほどの高さで、亡き母が当時の保谷市公民館で行われた、木目込みひな人形
    作り講座に参加し作ったもので、30年以上経ています。

    介護をしていた時に、90歳を超えた母に、今までの嬉しかった思い出を、尋ねたことがありました。
    母は、60歳を過ぎて、国民年金が自分の貯金口座に入るようになり、、自分の意志でそのお金を
    使えるようになった事が嬉しかったと、語りました。

    戦災で全ての財産を失い、3人の子育てを終えても、家計のゆとりは少なく、自分の楽しみへの
    お金使いは、なかなか出来ずに過ごしていました。
    入った年金のお金で、受けたいと思っていた材料費の掛かる人形作り講座を、遠慮なく受ける事が
    出来て、とても嬉しかったそうです。

    人形の前の小さな飾り物は、伊豆稲取 のお土産で、俵ネズミと、巾着です。
    俵ネズミは、金運があるようにとの願い・巾着は、お金に困らないようにとの、願いが込められて
    いると聞き、買い求めました。

    2月に 河津桜 を見物に出かけると、いつも稲取温泉で行われる雛のつるし飾り祭り に立ち寄って
    おり、あるとき母のひな人形へのお土産にと、求めたものでした。

    ひな祭りの前に、この人形を飾り付けますと、懸命に私たちを育ててくれた母が偲ばれます。  


  • Posted by ボブ at 11:43Comments(0)思い出・品

    船員が一番危ない

    2020年02月13日

    中国武漢市で発生した 新型コロナウィルス肺炎 から、急遽チャ-タ-機で帰国した第1便帰国者
    197人全員の陰性確認のニュ-スが流れ、少し明るい気持ちになりました。

    一方で、クル-ズ船「ダイアモンド・プリンセス」の 新型肺炎問題 では、乗船客の内 症状者・高齢者 だけに検査対応が行われており、次々と新たな感染者が出てきている状況です。

    これは、検査人員が限られている事と、検査で陰性/陽性の判断に時間が掛かる等から、やむを
    得ないように云われているようです。

    今度の 新型肺炎の恐さ は、感染者であっても症状は出ず、通常の生活をおくることで、陰性の
    人達を知らぬ間に感染させてしまう事です。

    感染を防ぐには、感染者との 濃厚接触を避ける(2メ-トル以上離れている)事 と云われていますが、クル-ズ船の船員たちには不可能なものです。

    乗船客は、ある程度の広さがある客室に滞在していますが、船員たちは船底に近い船員専用の狭い部屋(カイコ棚ベット)で過ごしており、1人2メートル以上の空間は得られないものです。

    昨日のニュ-スでは、船員からも陽性者が出たと伝えられていますが、船員部屋での感染者は今後ますます増えると思えます。

    問題なのは、クル-ズ船の換気はダクトで行われており、新型コロナウィルス菌が浮遊していれば
    各客室と船内中に流れて行きますので、最悪のケ-ス エアロゾル感染 が加速的になるものです。

    更なる問題として、船員・クル-に新型肺炎発症者が増えると、食事作り/配膳ほかのサ-ビスが
    不可能になることです。 この様になってからでは、手の施しようがなくなります。

    政府が、病院船の検討を行っていると伝えていますが、速やかに実現させ、途上国から働きに出てきている船員たちの命を保証して欲しいものです。

    6年前、地球一周のクル-ズ船に乗り、換気ダクトから流れてくる空気から、喉風邪を何度も患った
    ことが思い出されます。 (日本にいて掛かったことがない喉風邪でした。)






      


  • 春の訪れ フキノトウ

    2020年02月06日

    昨日(2月5日)、確定申告書B表 の用紙を貰うため、小平市役所 に向かいました。

    青梅街道を歩いて行きますと、途中に農家の野菜販売スタンドがあり、摘みたての フキノトウ
    目に飛び込みました。
    毎年、春先に フキノトウ が出まわりますと、買い求め フキ味噌 を作る私は、嬉しくなり フキノトウ
    2袋を200円で買いました。 (とても安く、新鮮でした。)

    家に戻り、いつもどうりの手順で フキ味噌 作りを行い、1時間掛からずに出来上がりました。

    一昨日が立春でしたが、例年は小平の農家が フキノトウ を摘むのは三月に入ってからですので、
    今年の暖冬の賜物なのでしょう。

    昨晩は、ふろふき大根に フキ味噌 を乗せ晩酌の肴としますと、フキノトウの香り+僅かな苦みが
    とても美味しく、一ヶ月も早い春の訪れを楽しめました。

           〈 若緑が美しいフキノトウ 〉              〈 ガクを取り、軽く茹でたフキノトウ 〉











    ・茹でた フキノトウ はみじん切りし、フライパンにサラダ油をひき焦がさぬように炒めます。
    ・色付いたら、味噌+砂糖+みりんを加え弱火で炒め、ミソ全体に粘り気が出たら出来上がりです。

      


  • Posted by ボブ at 10:27Comments(0)植物・園芸

    宝登山のロウバイ

    2020年01月30日

    今朝(1月30日)のNHK ニュ-スで、秩父宝登山のロウバイが満開と報じられました。
    昨日は春のような陽気で、暖冬の今年は宝登山のロウバイ見頃は1ヶ月も早くなったようです。

    (宝登山のロウバイの情報は、このHP 宝登山ロウ梅園 をクリックすれば、得られます。)

    8年前の宝登山ロウバイ見物の際に、土産として買った30センチほどのロウバイの苗木は大きく育ち、狭い庭の片隅で可憐な花を咲かせ芳香を漂わせてくれています。

    我が家のロウバイの見頃は過ぎましたが、花の多くはまだ枝に残り、目を楽しませてくれています。

            〈 我が家の庭で咲くロウバイ 〉

     
      


  • Posted by ボブ at 14:04Comments(0)植物・園芸

    ロウバイは見頃です。

    2020年01月18日

     ア-カイブ記事      公開 : 2012年2月23日

    4年前に、初めて長瀞 宝登山のロウ梅園を訪れ、この花の美しさと芳香を、知りました。

    ロウ梅は、中国から伝来した花樹で、梅とは別の種類だそうです。
    花(素心、満月など)は黄色で、花びらは薄いロウ紙のようで、可憐です。

    今年、再びロウ梅園を訪れる目的は、見頃時の花見と、苗木を求める為でした。
    ロウ梅は、平地では1月に入ると咲き始めますので、狭い庭に1本植えて、新年に花の香りを楽しみたいと、考えました。 

    2月に入って、宝登山ロウ梅園 を訪れるタイミングを、連日ホ-ムペ-ジで調べていました。
    17日のホ-ムペ-ジで、先週末には見頃になると知り、22日は水泳教室があるため、23日(木)を予定していました。
    昨日朝の天気予報は、23日は一日中雨と伝えましたので、急きょ宝登山ロウバイ園を訪れることに決め、水泳教室は無断で休みました。

    9:30 家をスタ-ト 9:56 所沢駅 特急秩父9号 11:17 御花畑駅発 11:39 長瀞駅着
    11:50 秩父鉄道食事処「有隣」、おっきり込みうどん定食で昼食 12:30 宝登山神社参拝
    1:00 ロ-プウエイで宝登山山頂 → ロウ梅園散策 2:30 ロ-プウエイで下山
     → 長瀞駅を通り過ごし、土産物店街で買い物 3:27 長瀞駅発 5:30 小平駅着

    以上のスケジュ-ルで、のんびりと花見が出来、念願のロウ梅苗木も買えました。
    お昼に食べたおっきり込みうどん定食は、ボリュ-ムたっぷりで、味も美味しいものでした。



    右の写真は、土産物屋街にある豆の大沢屋の看板です。 煮豆が人気で大勢のお客が並び、競ってたくさん買っていました。

    大沢屋を訪れている客は、煮豆の試食に目が
    行って、この看板に気付く人は少ないようです。






    ロウ梅園では、下の東園が4~5分咲き、西園が8分咲きで、今週末が本当の見頃です

    ロウ梅の他に、山の斜面に福寿草があちこちで咲いており、ミツマタとマンサクの花も満開です。

    下の普通の梅の梅園は、まだ蕾は固く、当分
    咲きそうな気配はありません。




    追記 2020年1月19日
    8年前の二月に、秩父長瀞宝登山のロウバイ見物をし、この ロウバイは見頃です。 の記事を公開
    しています。
    ロウバイ見物の際に、土産として30センチほどのロウバイ苗木を買い、庭の片隅に植えました。
    8年もたって、この苗木は大きく育ち、暖冬の今年は開花が早く、既に見頃です。

    宝登山のロウバイの見頃も、今年は早いと思えます。 宝登山ロウ梅園 をクリックすれば、最新の
    開花状況を知ることが出来ます。





      


  • Posted by ボブ at 06:41Comments(0)植物・園芸

    新春歩け歩けのつどい

    2020年01月06日

    昨日(1月5日)行われました 新春歩け歩けのつどい に参加し、今年も完歩出来ました。

    この ウォ-キングのイベントは、小平市の新春のスタ-ト行事として毎年催行されており、今年は
    第40回目だそうで、参加者は定められた西コ-スを歩きました。

    オリンピックイヤ-であり、小平市は特別ゲストとして長野五輪で活躍の ノルディックスキ-ヤ-
    荻原健司さん
    を招き、参加者が歩き始めるスタ-ト合図の号砲を、彼にお願いしました。

    東京では、前の夜に初雪が降ったとニュ-スで伝えられましたが、朝から日本晴れの好天で気持ち良いウォ-キングが出来、西コ-ス約8Kmを2時間弱で歩き、ゴ-ル出来ました。

    毎日のウォ-キングでは、永年 1日1万歩 を目標とし実行してきましたが、昨年9月に怪我治療が
    あり、歩くのを少し休んだ後で 目標を1日8千歩 とダウンしていました。

    今回のイベントでは 1日 計1万8千歩 も歩けていました。

    その気になれば出来るのですから、高齢であっても高い目標を持ち続け、老化の加速にブレ-キを掛けなくてはと、思い直したものでした。

        〈 荻原健司さんがスタ-ト号砲 〉            〈 参加者約400人が順次スタ-ト 〉




      


  • Posted by ボブ at 22:31Comments(0)ウォ-キング

    時を刻む

    2020年01月01日

    新年を迎え、私が決まって行うのは、窓辺に飾ったこの置時計を動かす事です。

    この時計は、古時計のご紹介 その1 で紹介
    した、19世紀にフランスで製造されたものです。

    高さ55センチ・幅33センチの大きさで、美しく大きなガラスのホヤを取り外し、カギでゼンマイを捲きます。
    ゼンマイを一杯に捲くと、2週間は動き、長針が真上・真下に来ると、済んだ鐘の音で「チン・
    チン・チン…」と鳴ります。



    普段も動かしたいのですが、万が一ガラスのホヤを割ったりするのが怖く、お正月とハレの日だけ、動かしています。

    駐在で2年半 住んだオルレアンの蚤の市で、ホコリを被り動かなかった時計でしたが、心臓部に
    あたる部品を探しだし、分解掃除と調整の結果、150年以上過ぎた時計が、今でも時を刻むのは
    嬉しいことです。

    置き時計のケースは、若い貴族が釣り上げた
    魚を自慢げに持つポ-ズをしており、釣りを行う
    私の趣味にあっています。

    また、美しく大きなガラスのホヤ ・白磁の
    文字盤+ブレゲ針・手作り捲きカギなどが
    19世紀の時計として素晴らしく、大のお気に
    入りです。

    ゼンマイを一杯に捲くと、2週間も動き続けますが、ゼンマイが解けてくると、振り子の動きは
    元気を失い、時間に狂いも出て来るのは、
    歳を重ねるにつれて弱って行く人間のようにも
    思えます。

    新年を迎え、この時計を動かす時、私も更に老いの道を進んだ事を、自覚させられます。 
    元旦や、冥土の旅の一里塚。 めでたくもあり、めでたくもなし。
                                          〈 手作り鍛造の美しいカギ 〉

      


  • Posted by ボブ at 08:00Comments(0)時計

    マス釣り場 独り占め

    2019年12月23日

    去る 10月12日 の夜半に上陸し、東日本を通過した台風19号は、各地に大きな被害を与えました。

    私が釣行する 氷川国際マス釣り場 も、記録的な大雨での大濁流で、釣り場全てが流失する甚大な被害を受けていました。

    約1ヶ月にわたる復旧作業により、11月下旬に釣り用の堰が築き上げられ、営業再開の運びとなり、
    先週の12月21日(土)に、今年の釣り納めとして行くことが出来ました。

    9時半前にマス釣り場管理事務所に入りましたが、釣り人は誰も来ておらず、広い川原にただ一人で釣りを始めました。

    気温が低く、マスの喰いは悪く釣れずに帰るのでは?と予感していましたが、一投目から当たりが
    あり、次々とマスが釣れてきました。
    いつもは、私が釣り上げますと他の釣り師が竿を入れてきて思うように釣りが出来ないのですが、
    この日は 釣り場を独り占め し、午前中は思うように竿を振り、釣りを楽しむことが出来ました。

    冬季営業時間で釣り時間は短かったのですが、納竿し釣り上げたマスを数えますと 34匹 もいて、
    今年一番の大漁となりました。

    終わり良ければ、全て良し。 の釣行となりましたが、持ち帰ったマスをどの様に食べきるか?が、
    これからの宿題となっています。(甘露煮も飽きてきましたので…。)

           〈 復旧した大岩ポイント 〉               〈 塩揉み中の一部のニジマス 〉





      


  • Posted by ボブ at 22:09Comments(0)釣り・自然遊び

    ニックネ-ム

    2019年12月11日

                          ア-カイブ記事      公開 : 2011年7月10日

    ボブ」とは、1986年以来の私のニックネ-ムです。
    この年、47日間オ-ストラリアに業務出張をし、現地での受け入れは、定年間近のロイド氏でした。 初日に「これからお互いにニックネ-ムで呼び合うので、君のニックネ-ムを言いなさい。」と、言われました。

    私の名前はノブオですので、「“Nobu”にします。」と伝えたところ、ロイド氏は「“Nobu ”はだめだ。
    同じ発音の“Knob”(隠語あり)と取られ、笑われる。」と、教えてくれました。
    何にするか迷っていると、彼は「“Nobu”の替わりに“Bob”が良いのでは?」と提案してくれました。

    Bob”は、ノブの発音に近いのと、Robert の子供時代の呼称と知り、とても良いニックネ-ムと  気に入りました。 しかし、2~3日の間は、ロイド氏より“Bob! ”と呼ばれても、自分と思わずに
    返事をせず、ロイド氏によく笑われたものでした。

    この年は、地球にハレ-彗星が最接近し、特に南半球での観測がベストでしたので、
    日本からJALの特別便で、多くの観光客が訪れていました。

    休日には、彼の別荘に招かれ、夕方の野生のカンガル-見物、夜は特別仕立ての干し草ベッド・  毛布・双眼鏡を用意してもらい、明け方が一番良く見える彗星観測を楽しませてもらいました。
    また、帰国のフライトでは、JALのオファ―でファ-ストクラス替えとなるなど、楽しい多くの思い出が重なっています。

    追記 : 2019年12月12日
    私が、ボブというニックネ-ムをもらい、33年も過ぎていました。
    このブログに、当時の写真を貼り付け、いつでも手軽に懐かしく見ることが出来ています。

       〈定宿のオ-ルド メルボルン ホテル〉            〈メルボルンでよく乗ったトラム〉






      



       〈公園の生大木にウッドカ-ビング〉           〈元二輪世界チャンピオンに招かれて〉







      


         〈休日に泳いだ郊外の海岸〉             〈延々と続いたグレ-ト・バリア・リ-フ〉










                〈 休日に乗った Puffing (パッパと煙り吐く) Billy 号 〉


      


  • Posted by ボブ at 17:54Comments(0)ブログ

    秩父夜祭

    2019年12月07日

    毎年12月3日に催行の 秩父夜祭 を、バス旅行に加わり見物して来ました。

    今まで、一度は見てみたいと思いつつ、秩父の夜の寒さを考えると二の足を踏んでいたものでした。

    今年は北陸旅行に参加し、6月15日の となみ夜高祭 の見物をし、町内それぞれの美しい山車と、それらをぶつけ合う迫力に見応えを感じ、感動してきました。

    旅行会社の宣伝パンフトの、「 専用観覧席で絢爛豪華な 秩父夜祭 + 冬花火 の見物 」 を
    読んで、 となみ夜高祭 での感動から、秩父夜祭いかばかりと、直ぐにに申し込んだものでした。

    午後1時に 立川集合・出発すると、 4時30分には 秩父に着き、バス駐車場から約10分歩いて
    専用観覧席に着きました。
    5時前に観覧席に座ると、祭り行事が始まるのが6時30分からで、時間まで座って待つか、席を立ち市内見物をしてきても良いと、云われました。

    暗さが増すと、秩父の夜気は寒さが強くなってきましたので、西武秩父駅隣りにある仲見世通りに
    行き、土産物の物色とフ-ドコ-ナ-での飲食で、時間をつぶしました。

    観覧席に戻り、6時30分になりますと祭り行事が始まり、やがて屋台(山車)が来だしましたが、屋台の提灯は暗く、静かに曳かれてゆくものでした。

    300年の伝統を守っての秩父の屋台ですので、となみ夜高祭 の現代の装飾山車と比べて見よう
    との私の考えが、間違っていました。

    バスは夜9時半に秩父を出て、宿泊地に向けひたすら走り、真夜中1時に 万座高原ホテル に着き、翌日は 軽井沢アウトレットで時間を過ごし、立川に夜7時に戻りました。

    期待外れの秩父夜祭の屋台(山車)でしたが、バス旅行より戻ると、何か宿題を済ませたような
    思いを感じていました。  

            〈 屋台(山車) 〉                    〈 屋台(山車)どう見ても暗い 〉











    となみ夜高祭
          〈 会長賞の行燈山車 〉                〈 高さ 6m 長さ 9m の行燈山車 〉


      


  • Posted by ボブ at 18:58Comments(0)外出

    秋川日帰りの旅

    2019年11月30日

    昨日(11月29日)は久しぶりの青空で、秋川の紅葉を見たくなり、日帰りの旅をしてきました。

    午前中の行程:
    小平駅(9時28分) → 拝島(9時50分) →   JR線乗換え  拝島(10時6分) → 武蔵五日市
    (10時23分着) → 西東京バス(10時35分発) → つるつる温泉(11時)

    小平駅で電車に乗ってわずか1時間半で、目的の一つ 生涯青春の湯 ひので 三ツ沢 つるつる
    温泉
    に行き着けました。

    柔らかな泉質の露天風呂にのんびりと浸り、サウナに2回も入り、すっかり体が軽くなりました。
    湯から上がると 昼どきで、大食堂でビ-ルと朴葉焼き定食を頼みますと、冷えたビ-ルはサウナで汗を絞った体に、瞬く間に吸い込まれました。
    リ-ズナブルな定食は、炊き込みご飯・秋川牛の朴葉焼き・湯葉・茶わん蒸しほか副菜も多く、どれも美味しく空き腹を満たしてくれました。

    午後の行程:
    つるつる温泉(2時発) → 武蔵五日市駅(2時25分) 西東京バス乗換 武蔵五日市(2時33分) → 十里木(3時前) 徒歩 瀬音の湯 (約10分)

    十里木のバス停から歩いてすぐに 石舟橋(吊り橋) があり、秋川の観光ガイドにはこの橋辺りが
    第一の紅葉スポットと紹介されていました。

    この吊り橋では、多くの観光客が写真を撮っており、橋の中ほどに黄色の僧衣を着たアジア人が
    おり、すれ違う際に私から サワディカップ と挨拶してみましたら、嬉しそうに サワディカップ
    返事が返ってきました。

    吊り橋の上流の左岸に大きなイチョウの木があり、黄葉した葉が落ち始めて地面一帯を黄色く
    染めていました。 黄色の僧衣を着たタイのお坊さんも、この景色を見ていたはずで、黄色に染まった地面をどの様に感じたのか?と思いました。

    瀬音の湯で土産物屋を冷やかしていると、予定していなかった帰りのバスが来ましたので、早目に
    帰路につきました。

    温泉と紅葉見物を手軽に楽しみ、満足できた 秋川日帰りの旅 となりました。

             〈 石舟橋(吊り橋) 〉                〈 地面を染めたイチョウの落ち葉 〉 










          〈 つるつる温泉 大広間 の額 〉             〈 帰りに乗ったトレ-ラ-バス 〉






      


  • Posted by ボブ at 22:10Comments(0)外出

    お酒がすすむ!

    2019年11月28日

    両刀使いの私ですが、自作の美味しい(手前味噌)酒肴で楽しむ晩酌は、至福の時間です。

    一昨日、角上魚類 で大きさが程よく 新鮮なスルメイカ を見つけ、すぐさま買い求めました。

    家に戻り、いつもの手順どおりにイカを解体し、自分好みの塩辛 を作り、昨晩は久しぶりの塩辛を
    肴に晩酌を楽しみました。

    ここ1年ほど、適度な大きさの スルメイカ が店頭に並ばず、塩辛を作ることが出来ずにいました
    ので、出来上がりに十分な熟成を待てず、早速に酒のお供と させたものでした。

    新鮮で厚みのあるイカから作った塩辛は、濃厚な旨みがたっぷりで一箸ごとに 「お酒が進んで堪ら
    ない!
    」 絶品もので、カツオではない イカの塩辛 が、昨晩は 酒盗 となりました。

    私の塩辛作りの手順は;
    ①.新鮮で身が厚いスルメイカを買う。 ②.直ぐに解体し、肝を丁寧に取り出す。 ③.イカの胴体・エンペラを粗塩にまぶしておく。 ④.約1時間放置し水分を抜く。 ⑤.胴体・エンペラを短冊切りし、塩麹をまぶしておく。 ⑥.肝は粗塩にまぶし、一晩寝かせる。 ⑦. の粗塩を洗い流し、肝を日本酒に半日漬ける。 ⑧. を混ぜ合わせる。 ⑨.輪切りの鷹の爪を加え、調理は完了。 
    ⑩.毎日かき混ぜ、発酵を促す。 
    ⑪.毎日かき混ぜながら、味の変化を確かめる。 ← この毎日の味見も楽しい。

    *私のポイントは、肝の処理塩麹 を、使うことです。
               
    〈 出来た イカの塩辛

       〈 長さ30センチの スルメイカ 〉                  〈 日本酒で肝の油分抜き 〉



      


  • Posted by ボブ at 18:24Comments(0)食べ物

    英語ボランティアでの疑問

    2019年11月23日

    小平市仲町公民館が行ってくれた英会話講座は、10月24日に8回目で終了しました。

    その日に、英語ボランティア活動への参加可否アンケ-トがあり、活動として ①.公民館の英語
    ガイド
     ②.学校での英語ボランティア が挙げられており、私は ②.に可能と答えました。

    翌週に公民館から、ボランティア受入れ窓口の人 ( ボラ受口 ) と連絡を取るようにと連絡があり、
    10月30日と11月1日に小平第一中学校に行き、英語ボランティア活動に参加しました。

    活動内容は ボラ受口 の指示に従い、英検3級の口述試験を受ける生徒達に、模擬試験(リハ-
    サル)を与えるもので、私達は受験生徒に繰り返し模擬試験を受けさせました。

    ボランティアを行う私達は、教師が使う アンチョコ のコピ-を受取り、本番で試験管が行う内容と
    ほぼ同じ質問を行うものでした。

    アンチョコ = 教師用の教科書で、学習する要点が記されており、自分で調べたり考えたりする
               必要のない参考書
    。 虎の巻。 アンチョク(安直) のなまり。

    英検3級の一次試験(筆記)を受け合格通知を貰うと、その1週間後に2次の口述試験があります。

    小平1中では、2次受験生に月水金の放課後3回を使い、模擬試験を受けさせ、英語ボランティアは試験管の役目をするものでした。

    疑問 ①.どの学校でも、英検3級の2次の口述試験受験者に、この様な模擬試験を受けさせている
          のでしょうか?

    疑問②.ボランティアを使ってまで、この様に事前の疑似試験を行うのは、限られているはずです。
          小平1中では2次口述テストに向け模擬試験を繰り返し受けさせ、少しでも英検3級の
         合格者数を増やすことで英語の教育成果と、したいのでしょうか? 
            
    私は今回の英語ボランティアを行い、小平1中が一夜漬けのような模擬試験を行わせているのは、学生たちをスポイルしているだけで、折角の教育機会を奪っているものと思いました。

    2次の口述試験の直前に模擬試験などを受けずに、初めてとなる口述試験を受ければ、各自が自分の英語の発言力を認識でき、次の勉強へのステップにつながるはずです。

    11月1日に、大学受験での英語民間試験の先送りが、表明されています。
    先送りの理由として、「多くの課題の中に、このまま進めると不公平が生じる。」と挙げられています。

    大学受験ではありませんが、全国一律の英語検定テストで、2次の口述試験の前に模擬試験を
    受けさせる学校の生徒達と、その様な機会を得られない学校の受験生達の間に、不公平を生じさせている実際を知った、今回の英語ボランティア活動でした。

    ボラ受口 が、「たった年に3回のボランティアですよ。」と言っていましたが、意義を感じませんので
    今後このような英語ボランティアには参加しません。

    先日の新聞記事に、日本英語力53位 前年から低下 と報じられていましたが、
             (ちなみに、非英語圏100ヶ国中で、韓国は37位、中国40位だそうです。)
    日本の英語教育関係者はこの現実を他人事と、 安直に 受け止めているのでしょうか?






           


  • Posted by ボブ at 06:27Comments(0)英語

    ボ-ジョレヌ-ボ-なぜですか?

    2019年11月20日

                     ア-カイブ記事            公開 : 2011年11月15日

    その年のボジョレヌ-ボ-を飲める解禁日は、11月第3木曜日と決められているそうです。
    日本では、いつも当日のニュ-スで大きく取り上げられますが、友人のW氏はこの騒ぎを、何事も
    本質を知ろうとせず、踊らされ易い日本人の姿の一つだと、嘆きます。

    24年前の11月10日に、最初の駐在国としてベルギ-に赴任し、ブリュッセルに住み始めました。
    しばらく過ぎての街角歩きの時、ある店先で陽が当たる場所に、バケツの中にワインを立て売られており、その価格が非常に安いのに驚きました。

    翌日、駐在先輩のW氏に話したところ、「それはボジョレヌ-ボ-だが、ブドウジュ-スを醗酵させたもので 未熟ワイン だ。 言い換えれば、ワインもどきさ。 あんな物を飲むものではないよ。」と、
    言われました。

    駐在が長い彼は、ワインを学び楽しみ、TPOで飲み分けるワイン通となっており、ボジョレヌ-ボ-について教えてくれました。

    1.ワインの製造プロセス
    ①.8~9月頃、ブドウの実が摘まれる。
    ②.大タンクに入れられた実は押しつぶされ、実汁と皮が一緒になった状態で、
       1次醗酵が始まる。
    ③.ある期間醗酵を続けたあとで、こされてカスが取り除かれ、第一段階のワイン元酒となる。
    ④.このワイン元酒は、樽に入れられ、翌年の春まで第2次醗酵しながら、寝かせられる。
    ⑤.第2次醗酵を経て、樽からボトル詰めにされ、出荷される。(これまでに最低6ヶ月かかる。)
    ⑥.ボトルワインは、10~15℃の管理温度の下、ボトルの中で第3次醗酵を続ける。
    ⑦.ワイン購入者は、自宅のワインセラ-で保管し、時とともにワインが育つのを楽しみながら飲む

    2.ボジョレヌ-ボ-
    8月に摘んだブドウの実から作られ、ワイン元酒は2ヶ月足らずでボトル詰めの製品となり、日本には11月上旬には届いている。
    第一段階のワイン元酒のボトル詰めは、言い換えればブドウジュ-ス醗酵酒ワインもどき
    ワインを知る欧米の知識人 は、ボジョレヌ-ボ-を、一般ワインとしては飲まない。

    3.他のフランスワイン産地 では?
    ボルド-ブルゴ-ニュが、フランスワインの二大産地で、ボジョレヌ-ボ-のようなワインもどき
    などで出荷しない。
    ボジョレヌ-ボ-が正しいワイン製法で本物ワインと評価されるなら、他のフランスワイン産地も同じようにするはずだ。 
    短期間でワインとしての出荷なら、手間暇掛けずに早期の売り上げとなり、より儲かるものだ。

    4.11月第3木曜日が解禁日?
    説は、いくつかあるが、第二次大戦中にドイツ軍に占領され、ワインを徴収されたボジョレ-地区は、戦後になって飲むワインが無くなり、翌年春まで待つことが出来ず、新しく解禁日なるものを作り、
    未熟ワインで平和を祝ったとも云われている。
    今では、解禁日を設ける事で、消費者に価値のある物のように思わせる、巧みな商法と云える。

    5.ボジョレヌ-ボ-の値段は妥当?
    原価は、通常ボトルでせいぜい2~300円位だ。 日本で飲むボジョレヌ-ボ-は、高い宣伝費+
    飛行機代+利益マ-ジンで、高くなっている。 つまりボジョレヌ-ボ-を飲む者は、価値あるワインに高いお金を払っているのではない。
    安い原価のブド-ジュ-ス酒を、ボジョレの戦略と宣伝で、高値で売るボロ儲けの商売。 本質を
    見抜けぬ人達がいる限り、このボロイ商売は続く。

    友人のW氏は、11月第3木曜日の騒ぎのニュ-スを聞くと、「いつになっても、本質を知らずに踊ら
    される輩が減らず、それら日本人は実に情けないことだ。」と嘆いてきます。

    昨年、私は、「自分のお金で買って飲むのだから、良いんじゃないの。タデ喰う虫も好きずきと
    思えば。」と言ってみました。

    すると彼は、「タデを食う虫は、タデを分かって喰っているんだ。 ワインの勉強もせずに、マスコミが取り上げるから踊らされて飲み、ワインと言えないものを美味しいワインだなどと言っていることに、我慢出来ない。 欧米の知識人に、日本人の本質を見抜けぬ低いレベルを晒しているものだ。」と、
    さらに怒りを膨らませました。

    今週末、W氏がまた憤慨の電話をしてくるのでは?と、思いつつ、焼酎のお湯割りを飲みながら、
    この記事を書きました。

    追記 : 2019年11月20日
    今年のボジョレヌ-ボ-の解禁日は、11月21日です。
    10月下旬に、今年のボジョレヌ-ボ-は成田空港で、通関を終えています。
    毎年、「今年のボジョレヌ-ボ-は、最高の出来です。」と、宣伝されるワインもどき。 
    今年も、マスコミに踊らされる 無知なワイン通?のニュ-スが、TVで流れるのでしょうか?

      


  • Posted by ボブ at 06:49Comments(0)食べ物

    ペペロンチ-ノとは!

    2019年11月03日

    ア-カイブ記事            公開 : 2018年11月29日

    ペペロンチ-ノ とは、イタリア語  唐辛子 のことです。

    ところが、今の日本で スパゲッティ をペペロンチ-ノ とも呼ぶようになってしまったようです。

    外国語の勉強は好きではなくとも、横文字を使うのは格好良いと思う日本人の特性からか、外国語を勝手に解釈し Japanese-English(外国語) にして使うことがよく有ります。
    私は、今の日本で スパゲッティ をペペロンチ-ノ と呼ぶようになったのも、同じ類ではないか?と、
    考えています。

    40年前の1978年 初めての海外出張(カバン持ち)で、イタリアに50日間ほど滞在し、調査のため アンコナ・ボロ-ニャ・ベロ-ナ・ミラノ・トリノなどの都市を訪れました。

    食事は、昼は現地のレストラン・夜は泊まるホテルのレストランで食べましたが、どちらも2時間近く
    かかるフルコ-スの食事でした。 イタリアのフルコ-スの食事では、ス-プは出ずにパスタ類(主にスパゲッティ)がその代わりとなっており、メイン料理の前にかなりの量が出されました。 
    もともと麺類が好きな私は、各レストランでス-プ代わりに出された各種スパゲッティは美味しく
    食べて、すっかりハマってしまいました。

    この滞在中のベ-スとなったホテルは、アドリア海に面した田舎町にあり、夜の食事には魚介類が
    多く使われ、新鮮なアサリ入り スパゲッティ ボンゴレは絶品でした。

    現地で出張のない土日は、このホテルにいましたので、いつ食べても美味しいスパゲッティを日本に帰ってから作れるように、ホテルレストランの厨房で、何度かスパッゲッティ作りを見学させてもらい
    ました。

    ☆.厨房での スパゲッティの作り方
    ①.使用麺 De Cecco (ディ チェコ) #11
    ②.茹で方 大きな鍋に湯を沸かし、岩塩をい入れ、7~8分茹でる。茹で加減は硬め(アルデンテ)。
    ③.平行して、フライパンに多めのオリ-ブオイルを入れ低温で熱し、適量のニンニク・唐辛子を入れ
       香り・辛味を付ける。
    ④.茹で上がったスパゲッティを、③.の中に入れ絡めれば、出来上がり。

      ☆.メニュ-に書かれる料理名
       スパゲッティ ア-リオ オ-リオ ペペロンチ-ノ ← 基本スパゲッティ
     *ア-リオ = ニンニク、 オ-リオ = オリ-ブオイル、 ペペロンチ-ノ = 唐辛子

    イタリア各地のレストラン メニュ-にも、スパッゲティ ア-リオ オ-リオ ペペロンチ-ノ と記載
    されており、この基本スパゲッティに具材が入る時は、この後ろに コン(with?) が付き、
    入れた具材の名が連なりました。

    例えば、アサリ入りなら コン ボンゴレ ・キノコ入りなら コン フンギ ・イカ入りなら コン カラマリ と書かれていました。

    パソコンでペペロンチ-ノを検索すると、スパゲッティ料理として説明されていますが、現地イタリアのレストランで「ペペロンチ-ノ!」と注文して、基本スパゲッティ が運ばれてくるのか?と、疑問に思う
    次第です。

       〈 ベラ ンダで育てたペペロンチ-ノ 〉          〈 最後に採ったペペロンチ-ノ 〉











      


  • Posted by ボブ at 21:49Comments(0)食べ物植物・園芸

    入間基地 航空祭

    2019年11月02日

     ア-カイブ記事                 公開 : 2011年11月7日

    毎年11月3日に行われます、航空自衛隊入間基地の、入間航空祭に行って来ました。
    昨年8月に、横田基地の友好祭に、英会話講師から誘われ訪れており、比べて見学したい気持ちがありました。

    西武線所沢駅で飯能行きの電車に乗り替えると、乗り切れないほどの混み様でしたが、通勤電車との違いは、車内で楽しい話し声があちこちでしていることでした。

    自衛隊基地は稲荷山公園駅に隣接ですが、人・人・人・人…で臨時改札を通り手荷物検査を受け、
    基地内での自由行動地点までに約50分もかかりました。

    飛行場地区には、たくさんの航空機が展示されており、大型輸送機などは機内を見物出来、
    長い行列が出来ていました。
    上空では、大型機の編隊飛行や空挺部隊の
    パラシュ-ト降下などのデモ飛行が、次々と
    続きました。

    アトラクション会場では、中部航空音楽隊のブラスバンド演奏があり、耳を楽しませてくれました。

    この会場の壁には、東日本大震災の災害派遣で活躍された、入間基地の隊員の活動内容が写真展示されており、困難な状況下において、様々な支援実績をあげられたことが、分かりました。
    また、全国から集まった救援物資を、空輸するためのタ-ミナルが、入間基地でした。
    厳しい環境下で勤務された自衛隊の皆様、ご苦労様でした。 感謝、感謝です。

    広い基地内に決められた場所には、レジャ-シ-トを拡げ、持参の飲食物を楽しみながら、上空の
    デモ飛行を楽しむ家族連れがたくさんいました。
    今年の入場者は、17万人だったそうですが、入場無料で盛り沢山の行事を楽しめる事から、毎年
    訪れる家族連れが多いそうです。

    横田基地の友好祭と比べると、入間航空祭のほうが中身がずっと濃く、より楽しめる内容でした。
    航空祭の目玉イベントは、ブル-インパルスの飛行ショ-で、これは横田基地友好祭では見られ
    ないものです。

    敷地内には売店エリアがあり、食べ物の他に自衛隊グッズなどの販売もあり、私は土産として
    よこすか海軍カレ-を買い、夕飯に美味しく食べました。

    追記 : 2019年11月2日
     航空自衛隊 入間基地 公式サイト  http://www.mod.go.jp/asdf/iruma/
      


  • Posted by ボブ at 07:07Comments(0)外出