2018年11月21日
最適の宿
千葉鴨川に住む弟が、マス釣りで兄(私)を負かせたく、18日(日)に上京してきました。
子供の頃、近所の公園池で一緒に釣りを覚え、やがて多摩川・秋川での川釣りを行うようになると、お互いに競争心を持って、釣りを行うようになっていました。
鴨川に住む弟は、毎日のように海釣りを楽しんでいますが、川釣りの楽しさを忘れられず、年に
2~3回ほど上京してきています。
最初の頃は、近くの秋川に釣行していましたが、川が荒れ楽しい釣りが出来なくなり、マスを放流して釣らせる管理マス釣り場に行くようになりました。
今までに奥多摩湖上流の小菅川、御嶽から少し上の大丹波川、奥多摩駅近くの日原川などに行き、各マス釣り場で釣りを楽しんできました。
どの場合も、釣り場近くの宿屋に泊まり、翌日は朝一番から釣り始めていましたが、値ごろな宿屋に
予約できなかったり、また泊まってみると満足できないサ-ビスの宿だったりしていました。
今回の宿屋は、奥多摩駅から歩いて3分の 国民宿舎 観光荘 で、前回は予約が取れなかったものでした。 http://www.okutama-kankousou.jp/
宿泊料金が8240円+150円(入湯税)と高くありませんでしたので、宿にはあまり期待していませんでしたが、館内の設備はすべて新しく思えるほど綺麗で、また館内のあちこちに飾られた装飾品・
生け花などは高級旅館を思わせるものでした。
食事前に風呂に入りますと、本物の温泉の湯で気持ち良く入浴でき、夜の食事となりますと、高級
食材は使われていませんが、手を掛けた料理ばかりで品数も多く、満足出来るものでした。
翌日の朝食は、7時30分と早くにしてもらい、車で2分のマス釣り場には開場8時前に着けました。
清潔で感じの良い旅館で温泉に入れて、食事はどれも美味しく、宿泊代はリ-ズナブルで、しかも
釣り場は目の先と、まさに 最適の釣り宿 でした。
今回のマス釣りでは、私が 28匹 : 弟が 22匹 となり、良い旅館に泊まれた翌日に、釣り敵に
勝つことも出来ており、すべて楽しい旅となりました。
次回も、この 国民宿舎 観光荘 に宿を取り、マス釣りを楽しみたいと思います。
〈 国民宿舎 観光荘 〉 〈 館内の美しい装飾・生け花 〉
〈 マス釣り場の釣り師 〉 〈 釣果 (8匹は弟に上げた。) 〉
子供の頃、近所の公園池で一緒に釣りを覚え、やがて多摩川・秋川での川釣りを行うようになると、お互いに競争心を持って、釣りを行うようになっていました。
鴨川に住む弟は、毎日のように海釣りを楽しんでいますが、川釣りの楽しさを忘れられず、年に
2~3回ほど上京してきています。
最初の頃は、近くの秋川に釣行していましたが、川が荒れ楽しい釣りが出来なくなり、マスを放流して釣らせる管理マス釣り場に行くようになりました。
今までに奥多摩湖上流の小菅川、御嶽から少し上の大丹波川、奥多摩駅近くの日原川などに行き、各マス釣り場で釣りを楽しんできました。
どの場合も、釣り場近くの宿屋に泊まり、翌日は朝一番から釣り始めていましたが、値ごろな宿屋に
予約できなかったり、また泊まってみると満足できないサ-ビスの宿だったりしていました。
今回の宿屋は、奥多摩駅から歩いて3分の 国民宿舎 観光荘 で、前回は予約が取れなかったものでした。 http://www.okutama-kankousou.jp/
宿泊料金が8240円+150円(入湯税)と高くありませんでしたので、宿にはあまり期待していませんでしたが、館内の設備はすべて新しく思えるほど綺麗で、また館内のあちこちに飾られた装飾品・
生け花などは高級旅館を思わせるものでした。
食事前に風呂に入りますと、本物の温泉の湯で気持ち良く入浴でき、夜の食事となりますと、高級
食材は使われていませんが、手を掛けた料理ばかりで品数も多く、満足出来るものでした。
翌日の朝食は、7時30分と早くにしてもらい、車で2分のマス釣り場には開場8時前に着けました。
清潔で感じの良い旅館で温泉に入れて、食事はどれも美味しく、宿泊代はリ-ズナブルで、しかも
釣り場は目の先と、まさに 最適の釣り宿 でした。
今回のマス釣りでは、私が 28匹 : 弟が 22匹 となり、良い旅館に泊まれた翌日に、釣り敵に
勝つことも出来ており、すべて楽しい旅となりました。
次回も、この 国民宿舎 観光荘 に宿を取り、マス釣りを楽しみたいと思います。
〈 国民宿舎 観光荘 〉 〈 館内の美しい装飾・生け花 〉
〈 マス釣り場の釣り師 〉 〈 釣果 (8匹は弟に上げた。) 〉
2018年11月09日
ニジマス釣り
11月7日(水)、奥多摩駅から徒歩5分の 氷川国際ます釣り場 で、ニジマス釣りをしてきました。
小平駅6時33分発の拝島行きに乗ると、JR拝島駅で7時7分発の奥多摩行き直行電車に間合い、
奥多摩駅には8時3分に着き、8時20分には釣り始めることが出来ました。
前日の 釣り残しマス を期待して、早起きし出掛けたものですが、残りマスの魚影は全く見当たらず、
9時半の1回目マス放流まで釣れませんでした。
釣り客は5人と少なかった事から、放流場所は2ヶ所に限定され、釣り易い場所は先客に占められて
おり、私は足元が悪い反対側で釣りました。
この場所は、マスが釣れても取り込み → 魚籠入れが大変で、時間効率が良くありませんでした。
午前中は6匹しか釣れず、午後の釣りでは足場を釣り易く慣らしたため、効率が上がり12匹釣れ、
計18匹の釣果となりました。
7月上旬の時はマス31匹を釣っており、今回は約6割の釣果でしたが、少ない方が後処理は楽と
思いました。 ( ← 負け惜しみです。)
7日の夕食では良型を 塩焼き で食べ、昨夜は ムニエル で美味しく食べ、残りは白焼きにしたあと日干しにしており、良く干せましたら 甘露煮 にして食べることにしています。
甘露煮 が美味しく出来ましたら、食材調達 のため、年内にもう1度ニジマス釣りに出掛けます。
〈 日原川下流の紅葉 〉 〈 絵になる奥多摩駅舎 〉
〈 マス釣り場の英字看板 〉
(何故インタ-ナショナル?〉 〈 今回の釣果 〉
小平駅6時33分発の拝島行きに乗ると、JR拝島駅で7時7分発の奥多摩行き直行電車に間合い、
奥多摩駅には8時3分に着き、8時20分には釣り始めることが出来ました。
前日の 釣り残しマス を期待して、早起きし出掛けたものですが、残りマスの魚影は全く見当たらず、
9時半の1回目マス放流まで釣れませんでした。
釣り客は5人と少なかった事から、放流場所は2ヶ所に限定され、釣り易い場所は先客に占められて
おり、私は足元が悪い反対側で釣りました。
この場所は、マスが釣れても取り込み → 魚籠入れが大変で、時間効率が良くありませんでした。
午前中は6匹しか釣れず、午後の釣りでは足場を釣り易く慣らしたため、効率が上がり12匹釣れ、
計18匹の釣果となりました。
7月上旬の時はマス31匹を釣っており、今回は約6割の釣果でしたが、少ない方が後処理は楽と
思いました。 ( ← 負け惜しみです。)
7日の夕食では良型を 塩焼き で食べ、昨夜は ムニエル で美味しく食べ、残りは白焼きにしたあと日干しにしており、良く干せましたら 甘露煮 にして食べることにしています。
甘露煮 が美味しく出来ましたら、食材調達 のため、年内にもう1度ニジマス釣りに出掛けます。
〈 日原川下流の紅葉 〉 〈 絵になる奥多摩駅舎 〉
〈 マス釣り場の英字看板 〉
(何故インタ-ナショナル?〉 〈 今回の釣果 〉
2018年11月01日
昭和の結婚式
明後日(11月3日)、西武線小平駅より歩いて10分ほどにある 小平ふるさと村 で、昭和の結婚式が
午前10時半より再現されます。
文化の日の恒例行事となっており、毎年 挙式希望カップルを募って、実際の結婚式が執り行われて
来ました。 この昭和の結婚式には、先輩の YK氏 が 謡曲「高砂」を吟じてきており、今年も役割を果たすと、本人より聞いています。
この機会に寸暇をもらってお会いし、次回の飲み会日取りを決められたらと、考えています。
ア-カイブ記事 公開 2015年11月5日
11月3日文化の日に、小平ふるさと村で、市報で予告されました昭和の結婚式 が行われました。
昭和の結婚式 の行事は、昭和30年代頃に小平で行われていた結婚式を再現させるもので、小平ふるさと村の古民家の座敷を使い、当時のしきたりに従って、実際に結婚式が行われました。
昭和の結婚式 は以前にも行われており、その宴席で先輩の Y K氏 が謡曲「高砂」を吟じており、
今回もその役を仰せつかったと聞きました。 私は、Y K氏 の謡曲「高砂」を結婚式の宴席で聞き
たく、当日小平ふるさと村に出掛けました。
前日は強い雨の悪天でしたが、文化の日は晴れの特異日の通り、穏やかな好天気に恵まれました。
10時半になると、白無垢の花嫁が古民家の前に着き、「火またぎ」と呼ばれる儀式から結婚式は
スタ-トしました。 二つ目の落語家 古今亭志ん八さんの司会により、結婚式はとどこうりなく進み、宴席となりYK氏の出番となりました。 恰幅の良いYK氏は羽織はかま姿が良く似合い、観世流で
吟じられた「高砂」は見事なものでした。
次に、小平市長が主賓挨拶をされ、鈴木ばやし保存会による獅子舞と続きましたが、人様が美味しそうに飲み食いするのを見続けるのは辛く、そのあたりで見終える事としました。
この結婚式の進行中に、見聞したことがないシキタリ・言葉が随所にあり、興味深い見学でした。
相伴当(しょうばんとう)、火またぎ、もみ上げ、座席の配列、三々九度の仕方、宴席の本膳のうどん等々で、それぞれが昔の当時の信仰・慣習などから来ていると、分かりました。
「火またぎ」では、結婚式が行われる古民家の前に、男の子と女の子が離れて立ち、それぞれがワラ束を持っていました。 到着した花嫁は、その間を通り抜けるだけのものでしたが、当時はワラ束に
火が付けられ、煙が出ていたものだったそうです。
このいぶり出された煙の間を、花嫁の姿の者が通り抜けられれば、この者はキツネが化けていた
ものでない本物の花嫁と、確かめていたそうです。 昔の小平には、キツネがたくさん居て、人様を
ときどき騙していたのかも知れません。
一方、今の時代には、人間の皮を被った悪ギツネがアチコチに居て、おれおれ詐欺 で高齢者を
餌食にしていますので、昔の方が良かったと思えてくる次第でした。
〈 火またぎの儀式 〉 〈 昔は、民家で結婚式 〉
午前10時半より再現されます。
文化の日の恒例行事となっており、毎年 挙式希望カップルを募って、実際の結婚式が執り行われて
来ました。 この昭和の結婚式には、先輩の YK氏 が 謡曲「高砂」を吟じてきており、今年も役割を果たすと、本人より聞いています。
この機会に寸暇をもらってお会いし、次回の飲み会日取りを決められたらと、考えています。
ア-カイブ記事 公開 2015年11月5日
11月3日文化の日に、小平ふるさと村で、市報で予告されました昭和の結婚式 が行われました。
昭和の結婚式 の行事は、昭和30年代頃に小平で行われていた結婚式を再現させるもので、小平ふるさと村の古民家の座敷を使い、当時のしきたりに従って、実際に結婚式が行われました。
昭和の結婚式 は以前にも行われており、その宴席で先輩の Y K氏 が謡曲「高砂」を吟じており、
今回もその役を仰せつかったと聞きました。 私は、Y K氏 の謡曲「高砂」を結婚式の宴席で聞き
たく、当日小平ふるさと村に出掛けました。
前日は強い雨の悪天でしたが、文化の日は晴れの特異日の通り、穏やかな好天気に恵まれました。
10時半になると、白無垢の花嫁が古民家の前に着き、「火またぎ」と呼ばれる儀式から結婚式は
スタ-トしました。 二つ目の落語家 古今亭志ん八さんの司会により、結婚式はとどこうりなく進み、宴席となりYK氏の出番となりました。 恰幅の良いYK氏は羽織はかま姿が良く似合い、観世流で
吟じられた「高砂」は見事なものでした。
次に、小平市長が主賓挨拶をされ、鈴木ばやし保存会による獅子舞と続きましたが、人様が美味しそうに飲み食いするのを見続けるのは辛く、そのあたりで見終える事としました。
この結婚式の進行中に、見聞したことがないシキタリ・言葉が随所にあり、興味深い見学でした。
相伴当(しょうばんとう)、火またぎ、もみ上げ、座席の配列、三々九度の仕方、宴席の本膳のうどん等々で、それぞれが昔の当時の信仰・慣習などから来ていると、分かりました。
「火またぎ」では、結婚式が行われる古民家の前に、男の子と女の子が離れて立ち、それぞれがワラ束を持っていました。 到着した花嫁は、その間を通り抜けるだけのものでしたが、当時はワラ束に
火が付けられ、煙が出ていたものだったそうです。
このいぶり出された煙の間を、花嫁の姿の者が通り抜けられれば、この者はキツネが化けていた
ものでない本物の花嫁と、確かめていたそうです。 昔の小平には、キツネがたくさん居て、人様を
ときどき騙していたのかも知れません。
一方、今の時代には、人間の皮を被った悪ギツネがアチコチに居て、おれおれ詐欺 で高齢者を
餌食にしていますので、昔の方が良かったと思えてくる次第でした。
〈 火またぎの儀式 〉 〈 昔は、民家で結婚式 〉