2014年01月12日

歩く あるき遍路回想

                    ア-カイブ記事            公開 : 2013年1月16日

歩く事が健康に良いとの確信を、公開記事「歩かねば」で書いている。
歩く事で精神を鍛えるのは、四国遍路の1,400Kmを歩き通す歩行行(ほこうぎょう)がその例で、
NHKラジオ講座 “ 四国遍路を考える ” では、「歩き通す事と云う苦行 を設定し、それに挑戦し、
人間の可能性を追求して行く。」と、語られていた。

さらに、「人生とは生きること。挑戦の連続。」・「道は、人生。」・「歩くは、生きる。」・「今まで生きて
きた過去の人生は、今まで歩いて来た道。 これからの人生に、どのような道を選ぶか?どのように歩くか?は、本人の心掛けで決まる。」などとも云われている。
しかし、私の四国あるき遍路は、そのような考えや目的を持たず、(人が行っている事を、真似して
やってみよう。)の軽い気持ちを主として、始めたものだった。

鳴門がスタ-ト点で、計九十九ヶ所の札所を、交通機関を一切使わずに、道に迷うなどしながらも、
45日間で1,480Kmを歩き通し終える事が出来、46日目には高野山奥の院にお礼詣りも行えた。

実際に歩いた道は、昔の人が遍路で歩いた旧遍路道・車社会になって出来た遍路道・国道・トンネル道・一般道・農道・田のあぜ道・山中で迷い歩いた獣道など様々だった。

歩いた様々な道の中で、思い出に残る道は旧遍路道だが、特に山間部にある険しい修験道として
使われた古道だった。 そのような道は、12番焼山寺に向かう「へんろ転がし」や、27番神峰寺の
真っ縦」等など何ヶ所もあって、山の精霊を感じるほど静寂な中、滅多に人とも合わずに金剛杖を
頼りに、修業を頭に浮かべながら歩いていた。

喘ぎ喘ぎ大汗をかきながら登り下りと歩く道がほとんどで、12Kgのリュックを重く肩に感じ、捨てればどれだけ楽になるだろうと思い、立ち止まりながら、歩くのはもう嫌だの考えが、頭を占めて来る。
しかし、険しい山道には車は入れず、他人に頼ることも出来ない場所であり、自分から足を動かさ
ないかぎり、晩の食事・寝床が得られない事は明白だった。 この修験道では、如何に苦しく辛く
とも、自ら歩かねば生きるに繋がらない事を、教えられていた。

歩くは、生きる。」を実感し、今日を生き抜くために「歩かねば!」と、足を踏み出していた。

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