2015年11月28日

古時計ご紹介 その9

今回で、9回目の古時計ご紹介となりました。
未紹介の古時計達の中から、どれをご紹介するか?迷いながら、選びました。

1.GE 社 (米) インタ-バル タイマ- 高さ14センチ

発明王エジソンが設立の電気照明会社をベースに、1892年に誕生のゼネラル(G)エレトリック(E)社は、今では世界最大のコングロマリットです。

昔のGE社がこのタイマ-時計を製造しており、当時は時計製造がハイテク産業だったことを語っているものです。

文字盤のGEマ-クに気付き、買い求めました。

2.ROCKFORD 社(米) 懐中時計 金張りケ-ス 直径50ミリ











ロックフォ-ド社は、イリノイ州で1873~1915年の間、懐中時計の製造を行っています。
この写真の時計は1910年に製造された、21石入りの美麗なム-ブメントです。

裏蓋ケ-スには、アールデコの美しいデザインが彫られています。

3.ELGIN 社(米) 八角蝶番ケ-ス懐中時計 横幅 45ミリ

1920年製造の17石ム-ブメントは、14金 八角形
ケ-スにぴったりです。

薄型で、持ち歩くには手頃のサイズです。






4.SCHATZ 社(独) ウエストミンスタ-置き時計 高さ 30センチ

ウエストミンスタ-のチャイムが鳴る置き時計ですが、レバ-の操作により、3曲を奏でられます。

その為、曲を奏でる音色棒とそれらを打つハンマ-は8組となっています。(通常は4組)

ウエストミンスタ-のチャイムが鳴るこの置き時計は、15分毎に曲を奏でますので、普段は動かさないようにしています。

あと3回、古時計のご紹介を行う予定ですが、少し早目に紹介時計を、選ばねばと思っています。  


  • Posted by ボブ at 17:49Comments(0)時計

    2015年11月20日

    奥多摩の紅葉

    先週13日(金)~14日(土)に、奥多摩の紅葉見物をする、小さな旅をしてきました。

    西武線小平駅 午前8時56分発の拝島行きに乗ると、乗継ぎ良く1時間半で奥多摩 JR鳩ノ巣駅 に降り立てました。 駅からわずか5分歩き下ると、紅葉の木々に彩られた美しい渓谷に着きました。

         〈 鳩ノ巣渓谷の案内図 〉                  〈 渓谷で色ついていたモミジ 〉











    この渓谷に沿ったウォ-キング トレイル道をのんびりと歩き、渓谷の美しさと点在する紅葉の木々を鑑賞しながら白丸ダムまで遡り、一般道に上がって、白丸駅へと進みました。

    奥多摩線で御嶽駅に戻ると、12時を少し過ぎており、駅からすぐの 玉川屋 に入りました。 店は
    ほぼ満席でしたが、席を作ってもらい、手打ち蕎麦・味噌田楽・冷酒(澤の井)を注文し、奥多摩の
    味を十分に楽しめました。
                玉川屋HP http://www.tamagawa-ya.com/store/

    昼食後は、御岳山の紅葉を観るスケジュ-ルで、御嶽駅前から バス → ケーブルカ- → リフト を乗り継ぎ、リフトが着いた上にある大展望台で、眼下に広がる秋の景色を眺望できました。

    大展望台から御嶽神社をめざし歩き、途中の各所で紅葉した美しい木々を、写真に収めました。
    御嶽神社前に着くと、長い石段が現れ、「これは大変。」と思いましたが、登る途中のモミジの紅葉は美しく、目を楽しませながら登る内に、神社に辿り着けました。

        〈 御嶽神社に向かう参道で 〉             〈 神代ケヤキ上の茶店で見たヤマガラ 〉











    御岳山を降りると、午後5時近くとなっており、予約してあった宿 河鹿園 に入りました。
    河鹿園は御嶽駅から歩いてすぐの、戦前から続く純和風旅館で、山里会席料理旅館として知られており、今回も予約をとるのが難しいほどでした。
     河鹿園HP
    http://www.kajikaen.jp/modules/pc_introduction/index.php?content_id=9

        〈 山里会席料理 先付け 〉                  〈 玉堂美術館前の大イチョウ 〉











    翌日(14日)は朝から小雨でしたが、奥多摩線で終点の奥多摩駅で西東京バスに乗り、奥多摩湖に行きました。
    大河内ダム周辺の景色を眺めた後、隣りにある 水と緑のふれあい館 に入り、諸展示の見学と
    吹奏楽団のミニコンサ-トを聴くなどで、飽きることなく時間を過ごせました。
    3階にあるレストランで昼食を取り、早目に帰路につき、今回の小さな旅を終えました。

       〈 吹奏楽団によるミニコンサ-ト 〉              〈 奥多摩湖半に咲いていた冬桜 〉











     水と緑のふれあい館 HP
    https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kouhou/pr/okutama/

    先週の奥多摩の紅葉は、少し早い場所もありましたので、明日からの3連休は見頃の木々を、より
    多く楽しめるものと思います。  


  • Posted by ボブ at 14:43Comments(0)外出

    2015年11月11日

    インドを知っていた?

    11月7日(土)、小平市学園西町の国際交流協会で行われた、「大人のための異文化理解講座」を聴きに行きました。 この講座は3回あり、3人の外国人留学生を講師に迎え、それぞれの出身国を紹介してもらうもので、初回はインドでした。

    私は20年前にインドに仕事で50日滞在しており、日本の9倍の国土・12億の人口・多様な民族/言語/宗教などを理解していたのと、滞在経験での見聞でインドを知っているつもりで参加しました。

    民族衣装を着た美しいインド人女学生が講師で、インドの多様性を映像を使いながら、分かりやすく紹介してくれました。

    まず驚かされたのは言語についてで、公用語はヒンディ-語と英語+多くの準公用語があるのは知っていましたが、インドには多様な民族から1000もの言語が、それぞれ今でも使われていると
    紹介してくれました。

    広い国土での多面における多様性について、インドを北部・中央部・東部・西部・南部と五つに分け、各地を代表する観光地・建築物などを映像紹介しましたが、必ず各地のダンスが入っていました。

    インドのダンスと言えば、最近ではTVのコマ-シャルなどに使われており、それがインドの代表的なものと思っていましたが、各地のダンスは衣装・踊りのスタイルはそれぞれ全く異なっていました。

    この講座で、ダンス映像も使ってのインド各地紹介は秀逸で、講師がよく口にした DIVERSITY
    (多様性)を、分かり易く理解させてくれるものでした。

    南部の紹介には、儀式における飾りを着けた大きなゾウが居並ぶ光景がありました。

    1回のインド出張で、インドを知ったつもりでいた私は、「群盲、ゾウをなでる。」の言葉どうりで、
    群盲の一人だった事を知らされた、インド異文化理解講座の参加でした。

        〈 二大祭りの一つ、色の祭り 〉            〈 コブラ使い、写真を撮ると金を取られる 〉






      


  • Posted by ボブ at 11:42Comments(0)英語

    2015年11月05日

    昭和の結婚式

    11月3日文化の日に、小平ふるさと村で、市報で予告されました昭和の結婚式 が行われました。

    昭和の結婚式 の行事は、昭和30年代頃に小平で行われていた結婚式を再現させるもので、小平ふるさと村の古民家の座敷を使い、当時のしきたりに従って、実際に結婚式が行われました。

    昭和の結婚式 は以前にも行われており、その宴席で先輩の Y K氏 が謡曲「高砂」を吟じており、
    今回もその役を仰せつかったと聞きました。  私は、Y K氏 の謡曲「高砂」を結婚式の宴席で聞き
    たく、当日小平ふるさと村に出掛けました。

    前日は強い雨の悪天でしたが、文化の日は晴れの特異日の通り、穏やかな好天気に恵まれました。

    10時半になると、白無垢の花嫁が古民家の前に着き、「火またぎ」と呼ばれる儀式から結婚式は
    スタ-トしました。 二つ目の落語家 古今亭志ん八さんの司会により、結婚式はとどこうりなく進み、宴席となりYK氏の出番となりました。 恰幅の良いYK氏は羽織はかま姿が良く似合い、観世流で
    吟じられた「高砂」は見事なものでした。

    次に、小平市長が主賓挨拶をされ、鈴木ばやし保存会による獅子舞と続きましたが、人様が美味しそうに飲み食いするのを見続けるのは辛く、そのあたりで見終える事としました。

    この結婚式の進行中に、見聞したことがないシキタリ・言葉が随所にあり、興味深い見学でした。
    相伴当(しょうばんとう)、火またぎもみ上げ座席の配列三々九度の仕方、宴席の本膳のうどん等々で、それぞれが昔の当時の信仰・慣習などから来ていると、分かりました。

    火またぎ」では、結婚式が行われる古民家の前に、男の子と女の子が離れて立ち、それぞれがワラ束を持っていました。 到着した花嫁は、その間を通り抜けるだけのものでしたが、当時はワラ束に
    火が付けられ、煙が出ていたものだったそうです。

    このいぶり出された煙の間を、花嫁の姿の者が通り抜けられれば、この者はキツネが化けていた
    ものでない本物の花嫁と、確かめていたそうです。 昔の小平には、キツネがたくさん居て、人様を
    ときどき騙していたのかも知れません。

    一方、今の時代には、人間の皮を被った悪ギツネがアチコチに居て、おれおれ詐欺 で高齢者を
    餌食にしていますので、昔の方が良かったと思えてくる次第でした。

            〈 火またぎの儀式 〉                    〈 昔は、民家で結婚式 〉




      


  • Posted by ボブ at 10:45Comments(0)外出