2017年12月17日

惚け予防で将棋 

物忘れが多くなり、人の名前が思い出せないなど、年相応に認知機能の劣化を、実感しています。
そのままでは、日々の生活に支障が出たり、早々と要介護の身になりそうでした。

将棋は惚け防止に役立つのではと考え、昨年4月から、国立NHK学園オ-プンスク-ルの将棋講座を受け、将棋の勉強を始めています。

講座は金曜日10時に始まり、1時間の講義のあと20分間の休憩があり、その後は講師が決める
手合わせ相手との対局があり、その勝敗結果は記録されます。

講師は、元アマチュア日本一の 日本将棋連盟 師範・6段の 内田昭吉先生 です。

毎回の講座では、定跡・手筋・詰将棋・次の一手・プロ棋士の対局棋譜・受講者の対局内容への指導などが大盤で解説され、中身が濃い教えです。

受講者同士の対局では、棋力に応じてのハンディキャップが付いた対戦となり、対戦記録が6連勝(級クラス) 8連勝(段クラス)等となると、昇級・昇段と認定されます。

昨年4月に受講を始めた私は、テスト手合わせの結果で2級でスタ-トし、半年後に1級に昇級となりました。 受講者の多くは長年続けている猛者揃いで、ハンディキャップを貰っても負けの多い成績が続きました。

今年10月に入り、落ち着いて指すように心がけますとポカ・ミスが減り、また手合わせの組合わせも良かったためか、勝ちが続くようになり、11勝3敗の成績から、私は初段の認定を受けました。

20ヶ月の時間が流れ、この間に低いレベルながら昇級・昇段が出来ましたことは、惚け防止が
出来ているように思えています。
また、将棋講座を続けていましたら、他の将棋同好会への誘いがあり、 入会しますと通常の対局
活動の他に、将棋合宿・飲み会などもあり、それらへの参加は楽しいものとなりました。

ちなみに、今年は将棋関係の忘年会が3回もあって、将棋の勉強を始めたのは正解だったと思っています。 ( 実のところ、初段認定より、忘年会3回のほうが嬉しい私なのです。)

       〈 自宅で駒ならべ 〉


  


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    2016年01月31日

    太陽の恵み

    今日1月31日(日)は、久しぶりにお日様が現れ、明るい太陽の有り難さを感じています。

    大寒の今頃、毎年 千葉鴨川に住む弟からサヨリの干物 が届いており、楽しみにしています。
    弟は釣った新鮮なサヨリを、程よい塩加減で半乾きほどの天日干しにしたサヨリの干物 としており、これを軽く焼き、マヨネ-ズをちょっと付けて食べると、実に美味しいものです。

    1月25(月)に、待ち望んでいたサヨリの干物 がどっさり届きましたが、お礼の電話口の弟は「天気が良くないと、サヨリ釣りに出掛けられないし、干物用に処理しても晴れた良い天気でないと、美味しい干物にならない。」と言っておりました。 太陽の恵み、そのものです。

    翌日、家の中で突然「キィ-ン。」という高い音が鳴り、太陽光発電のモニタ-からと分かりました。
    モニタ-のパネルには「画面を触れて下さい。」とあり、パネルをタッチすると「22,000Kw/h達成
    おめでとうございます。」とメッセ-ジが現れ、続いて お祝いの花火 が打ち上がりました。

    今から5年前の今頃、家の建て替えを行っており、4月中旬に完成した家の屋根に設置した太陽光
    パネルが発電を、始めていました。
    22,000KW/h は、それ以来の累計ですが、この発電実績は日照如何ですので、こちらは正に
    太陽の恵みに因るものです。

    サヨリの干物 が届いてから、晩酌の酒の肴として楽しんでいますが、花火の打ち上がりからは、二つの太陽の恵みに感謝しながら「あしたも、天気になぁれ!」と、念じながらの晩酌となっています。

     〈 サヨリ干物の一部、頭を取って20センチ 〉            〈 打ちあがったお祝い花火 〉



      


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    2016年01月03日

    縁起が良い赤富士

    平成28年が、穏やかに明けました。

    故郷を持たない私の正月は、いつも家にいて同じ行動で過ごします。

    元旦は、近くの 熊の宮神社 に初詣に出掛け、新年の家内安全・健康 を祈願しています。

    午後は初ウォ-キングとして、グリ-ンロ-ドを西に向かい、多摩湖までの約8Kmを歩きます。

    多摩湖まで歩く目的は、冬の澄んだ空に浮かぶ富士山を、人工物に邪魔されない多摩湖畔から鑑賞するためです。 元旦の午後の空は少しもやっていましたが、富士山の姿ははっきりと見え、夕日が沈む瞬間には、縁起が良い と云われる 赤富士 となりました。
    湖畔には多くの人達が来ており、この 赤富士 の瞬間を捕えようと、カメラを構えていました。

    二日は、生まれ育った場所の近くにある 東伏見稲荷神社 を、お詣りしています。
    今年は朝早目に出ましたら、神社に着くと初詣の人数は少なく、あまり待たずに初詣が出来ました。

    時間が余りましたので、神社から田無まで歩き、駅前のリビンの地下で果物を買いましたら、立派なオミクジ袋を渡されました。 家に戻って開けますと、干支の猿が付いたストラップとオミクジが入っており、オミクジは 大吉 とのお告げで、早くも 赤富士 のお蔭が現れたようです。

    大吉は凶につながるとも云われますが、今は大吉の上に大大吉があるそうですので、安心して縁起良い年と信じ込みます。

           〈 沈む太陽と富士山 〉                 〈 湖畔で赤富士を待つ人々 〉











             〈 熊の宮神社 〉                     〈 東伏見稲荷神社 〉




      


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    2015年05月21日

    日本美術の超絶技巧

    日経新聞 文芸欄に、「日本美術の超絶技巧」シリ-ズが、始まりました。
    5月20日第1回目の記事に、日本人の美意識だったわび・さび と対極の 超絶技巧 の作品と」して、
    伊藤若冲「動植綵絵・紫陽花双鶏図」が、解説されていました。

    記事の終わりに、「来年は若冲生誕300年で、大規模な伊藤若冲展覧会が企画されていると聞いている。」と書かれており、この企画が実現されたなら、ぜひ再び若冲の作品を鑑賞したいと楽しみが
    出来ました。

    今まで、伊藤若冲の展覧会に3回訪れており、それを述べた私のブログ記事を読み直してみました。

                       若冲がきてくれました展 
                              ア-カイブ記事        公開 : 2013年4月22日

    ロサンゼルスに住む、江戸絵画の世界的コレクタ- ジョ-・プライス夫妻が、東日本大震災の復興支援の目的で、選りすぐりの絵画100点を米国から日本に運び込み、若冲が来てくれました展
    名付け、3月1日から仙台を皮切りに、岩手~福島と公開して行きます。

    私が、江戸中期の絵師 伊藤若冲の名前と作品を知ったのは、7年前に東京博物館で開催された
    若冲と江戸絵画展 を見学した時でした。
    高校の美術史教科書には、伊藤若冲の記載はなく、この絵画展で若冲の作品を観て「これほどの
    作品を残した絵師が、なぜ日本では評価されず、作品が海外に流失してしまったのだろうか?」と、
    疑問に思ったものでした。 
    この展示会で、一番印象に残った作品は鳥獣花木図屏風で、8万6千個の升目に着色したモザイク画には、多種多様の動物・鳥の楽園が描かれ、スケ-ルの大きい構図・楽しさ・美しさで見飽きることなく、またゆっくり鑑賞したいと思いました。

    その後、4年前に開催された皇室名宝展を見学した際に、展示品の目玉の一つとして伊藤若冲の
    動植さい絵・群鶏図 があり、皇室が日本のお宝として所蔵している事が分かり、納得出来ました。
    動植さい絵・群鶏図は鋭い観察に基づいて、鶏を始め生き物が極細密に描かれ、色彩も鮮やかで
    その素晴らしさに感嘆しました。

    ジョ-・プライス夫妻が、「東北の人々、特に子供たちに美しいものをお見せし、元気付けたい。」と、再び鳥獣花木図屏風を持ち込み、今回はガラスケ-スなし展示と知り、心遣いを嬉しく思いました。

    ようやく4月17日に、仙台市博物館で開催の若冲が来てくれました展 を訪れ、館内はさほど混んでいない良い環境の中、 今回は鳥獣花木図屏風ガラスケ-ス越しでなく 、本物の色彩を直接鑑賞する事が出来、訪れた甲斐がありました。
    また仙台市博物館では、江戸絵画の楽しさを学べるよう、分かり易い分類にした展示構成と解説を
    しており、好評でした。

    ジョ-・プライス夫妻の志から、高校生以下は無料ですので、この機会に東北に住む中高生徒たちは江戸絵画の名作・特に鳥獣花木図屏風を鑑賞されておくと良いと、思います。
    (この至高の美術品が、日本で公開展示されるのは、今回が最後では?とも、云われています。)

                   〈 鳥獣花木図屏風 右半分 169センチ x 374センチ 〉






      


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    2014年12月13日

    お金の価値

    普段使っていない物入れ箱を開けましたら、いろいろな物の中から、紐のついた小さな黄色の袋
    出てきました。

    巾着 と呼ばれる物で、表には 成田山 福財布 と書かれており、記念硬貨入れに使っていたのを
    思い出しました。

    中身を改めると、オリンピック記念銀貨を始めとして、各種の記念硬貨・銀貨が出てきました。

    ①.東京オリンピック(1964年)千円銀貨、百円銀貨 ②.沖縄エクスポ(昭和50年)100円硬貨 ③.御在位五十年(昭和51年)100円硬貨 ④.内閣制度100年(昭和60年)500円硬貨 
    ⑤.瀬戸大橋開通(昭和63年)500円硬貨 ⑥.長野冬季オリンピック(平成10年)500円硬貨

    これらの記念硬貨から、生きてきた時代の大きなイベントなどを思い出しましたが、一体何のために保存してきたのか?と考え出しました。

    一つには、各イベントへの思い出とし保存したのでしょうが、別には保存により将来に価値が出て、
    購入時の価格以上に売却出来、利益を得られると考えていたものと気付きました。

    しかし、これら記念通貨は当時は大量に発行されていますので、コレクションとして希少価値はなく、またコレクションのアイテムとしては未使用でないと、額面通りしか価値はないとも云われています。

    一方で、1964年の千円の価値を今の価値に換算すると、5~7倍になるとも云われますので、金利も何も付かない家での保存は、大きな損になっていたと云えるものでしょう。

    銀行に尋ねると、窓口に持参すれば手続きによって、額面と同じ今のお金に換えられるとの事です。

    記念硬貨の保存は、割に合わない事をしていたものですが、忘れていたものが出てきたものです
    ので、タナボタ と考えれば良いと考え直しました。 

           〈 成田山 福財布 〉                     〈 記念硬貨の一部 〉






      


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    2014年01月23日

    賀寿祝い 次も



    賀寿は長寿を祝う年齢で、数え年で数えるそうです。

    60歳 還暦、70歳 古希、77歳 喜寿、80歳 傘寿、88歳 米寿、90歳 卒寿、99歳 白寿、100歳 百賀 とあり、将棋の愛好家は81歳 盤寿(将棋盤のマス目から)も祝うように、まだ他の賀寿がある
    ものと思います。

    かって働いていた会社のOB会が、東京地区で今年1月に70歳/77歳となったメンバ-の賀寿祝いの会を、1月21日のお昼に開いてくれました。 招待され参加した人は17名で、5名が喜寿・12名が古希として、お祝いを受けました。

    今までOB会の行事には、参加したことはありませんでしたが、同じ年に生まれ同じ時代を生き抜き、ある時期に同じ会社で働いた人達と会ってみたく、この賀寿祝いの会 に参加しました。

    美味しい折詰弁当を食べながら、廻りの人達との歓談が進み、食べ終える頃に、一人一人から近況・
    健康維持法・生き甲斐などを紹介するスピ-チタイムが、ありました。

    同じ70歳でも、お元気であちこち出掛けている人・健康問題がある人・伴侶を失われている人・地域社会で活躍されている人など、さまざまな現況を聞くことが出来ました。

    70歳で参加の12名の中で、1月1日誕生日の人が3人も紹介され驚きましたが、自己紹介の中で
    1月1日に生まれた人は一人だけで、残りの二人は12月下旬に生まれていたと知りました。
    出生届けを昭和19年1月1日生まれにすると、徴兵検査を1年遅らせる事が出来ることから、両親が元旦生まれで出生届けをしたそうで、私たちの生まれた時代と、有り難い親心を思いました。

    楽しかったお祝いの会は、あっと云う間に過ぎ去り、OB会の世話役から「賀寿の年齢は、たくさん
    有りますが、OB会では 古希喜寿米寿白寿 でのお祝いをさせて頂いております。 
    今日ご参加の皆さまとは喜寿または米寿でお会いする事になります。 お元気でお過ごし下さい。」
    と挨拶され、閉会になりました。

    帰り際に、全員の記念撮影写真をもらいましたが、家に戻り写真をながめ各人のスピ-チを思い出しながら、私は次回の写真にも写してもらえるように、健康長寿を心掛けようと思いました。




      


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